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2012年4月12日木曜日

情報の対価

イギリスの新聞というのは、ご存知の方も多いと思いますし、ずっと昔にブログでも触れたことがあるように思いますが、高級紙(broadsheet)と大衆紙(tabloid)に分かれていて、特に高級紙の場合だと思うのですが、何を読んでいるかでその人の政治志向まで分かってしまいかねない代物です。一方、大衆紙は、使っている言葉もかなり砕けていて外国人にはすぐには分かりにくいし、ナイスバディなおねえちゃんのヌード写真があったりするので(まあ、おはようサンスポなどは、ここらあたりにヒントを得ているんでしょうね。)、それはそれで「愛読紙」というのにはやや気が引けてしまいます。

で、ロンドンの一般市民は普段何を読んでいるのか、と言えば、僕が認識する限りでは、おそらく駅で手に入るフリーペーパー。普通の生活をするのに十分な情報が一通りそろっているので、敢えてお金を出して新聞を買う必要もない、ということなのかな。まあ、職場とかでは高級紙を読んでいるのかもしれませんけどね。

ただ、フリペは所詮フリペ。あまり仕事に関係するような内容はありませんし、何よりもタダな分、みんなの取扱いも非常に雑です。というわけで、ラッシュアワーが終わった後の地下鉄がフリペの山ということもよく見られる光景で、地下鉄側も「アナタが読んでいるその新聞はゴミです」なんていう啓発広告を出さねばならなくなるわけです。

かく言う僕は、ロンドンに来てからの愛読紙をフィナンシャル・タイムズ(FT)にしています。ボーンマス時代は比較的中立に近いインディペンダントを読んでいたのですが、僕が欲しい経済情報となると、やっぱりFTにかなりのアドバンテージがあることが分かり、乗り換えました。
でも、FTはとにかく高い!普通の高級紙が1ポンドであるのに対して、2.5ポンド!ちょっと前までは2.3ポンドだったのがしれっと値上がりしてこの値段です。

そうなると、(本当は毎日読みたいし、そうあるべきなのでしょうが、)学生身分ではやっぱり買うのに二の足を踏んでしまいがちになって、週1ペースとかになってしまっていましたが、最近、僕の仕事のフィールドにかかわるいろいろな動きが激しいことから、ほぼ毎日買うようになっています。

結局、自分の欲しい情報は、カネを出して買いなさい、ってことなんでしょうね。

それにしても、大分英語を読むのに慣れてきたからなのでしょうか、FTの記事は本当に興味深く読まされるものが少なくありません。日本の新聞が(いろんな事情からか?)載せないような記事まで深い分析がなされていたりすることもあり、情報の対価としての2.5ポンドは、それはそれで概ね妥当なんじゃないかな、と思うわけです。

さあ、そうなると湧き出てくるのが「日本に帰っても読みたいなぁ」という願望。僕のオフィスでも取っているのですが、個人でも取ろうかと検討中です。で、調べたところ、年間購読料約10万円!!

情報の対価は、決して安くないことは分かるものの…、ねぇ。

2012年3月31日土曜日

すっかりご無沙汰です

いやはや、こんなにブログの間が空いてしまったのは、以前のブログスペースでブログを立ち上げた頃以来ではないでしょうか。

何か書かねば書かねば、とは思っていたものの、いろいろとやることが多くて手が回らなかったのです(ま、Facebookでは折に触れてつぶやいてはいましたけどね。)。

この3月は、Term2が23日に終わり、でもそれまでは授業の予復習、論文の準備、チュートリアルなどといった学校のことをこなし、その上に17日からは両親が来ていてそのアテンドもする(まあ、かなりの部分小鴨に委ねていましたが)といった状況でした。

で、授業が終わった週末から、両親を連れて3泊4日でパリ&アムステルダムに旅行にも出かけ、昨日(30日)は、これまた両親を連れてストーク・オン・トレントへ再出陣したわけで…。

ちょっと疲れている…かな、やっぱり。

そして、たった今、「3月の終わりまでに出します」と自分から宣言してしまっていた、論文のアウトラインの再構成(とはいっても1500語くらいにはなりましたが)を終わって教授にメールしたところ(3月31日の23時ならば、「3月の終わりまで」という約束は果たしたことになるでしょ?)。少しほっとした気持ちで3月の残りの時間(と言っても1時間足らず!)をこのブログを書くことで過ごそうと考えたのでした。

そうそう、こちらも夏時間になりましたよ。先の日曜日から。なので、日が沈むのが7時半頃になりました。
で、ちょうどその時、僕らはパリにいたのですが、土曜日にロンドンを出発してパリ入りして時間が1時間進んだところ(GMT+0からGMT+1に)なのに、その翌日夏時間開始のために更に1時間早まり(GMT+1からGMT+2に)、結局2日で2時間も時間が進んでしまったのです(今はロンドンに戻っているので、また時間が1時間戻ってます(BST=GMT+1)。

なので、大陸サイドは、今日が沈むのが8時過ぎとなるわけで、こんな経験をしたことのない両親にとっては驚きだったようです。大陸での道中はとても暖かかったし。

で、今回の大陸旅行のルート選択は、親のためということもあるのでパリを入れたのですが、僕らはこれで3回目。連れて行ったところはどこも行ったことのある場所で特に新鮮な刺激はなかったのですが、唯一僕たちも初体験だったのは、セーヌ川をぐるぐる巡っている船(Batobusとかいうやつ)でした。これが思った以上によくて、暖かい春の日差しの中、セーヌ川を遊覧するのはとても気分がよかったです。加えて乗り降り自由だし。

一方、アムステルダムは、僕も小鴨も今回始めての場所。自転車は滅茶苦茶多いものの、その街並みはきれいで、とても落ち着いた雰囲気で、母親も小鴨も(思ったよりもすばらしい、ということで)大満足。ま、胡散臭いところ(例えば「飾り窓」附近とか)には足を運ばなかったということもありますが。
オランダ人といえば、英語ではケチの代名詞のようなところもあります(割り勘を go Dutchというように)し、実際、なにやら気難しそうな面構えの人も少なくなく見かけましたが、少なくとも僕が接した人たちはほとんどみんなフレンドリーでしたよ。それに英語がみんな達者!!今まで行ったヨーロッパ大陸の国で英語がおしなべて一番上手です。どんな人も僕よりも数段上手いんだもの。その前のフランスでは、両親と小鴨の合計3人を引き連れつつ、片言のフランス語+英語でしのいでいた分、英語がスムーズに通じる環境というのがとてもありがたく感じたのでした。

両親は、4月4日に帰ります。
以前上海に来た頃と比べても大分体力が落ちているようですが、それでも今のところ病気することなくきており、一安心。残された短いロンドン滞在をできるだけ楽しんでもらおうと思っています。

それにしても、我が親も中国語の勉強の真似事(聞き流しのようですが)をしているせいか、外国語と言えばむしろ中国語の方に親しみが出てきてしまっている模様。時々中国語が現れたりするのがいとをかし。

さあ、こちらの時間でもあと数分で4月となります。
明日からの1か月は、そのほとんどを試験勉強に費やすことになります。
まあ、日が長くなったこともあり、その意味で気が滅入ることはありませんが、この春の日々をエンジョイできないのもまたちょっと悲しいかな。でも、それが学生の本分。気合入れて(抜くところは抜きつつ)やっていこうと思ってます。

2012年3月4日日曜日

夢見るはアラビアン・ナイト

まだまだ授業期間中ではあるものの、休職中の職場の事情もあり、帰国の具体的日程を考えざるを得なくなった今日この頃。各方面には、「留学後はアジアのどこかに戻る」と予告しておりましたが、さしあたりはそれは「東京」ということになりそうです。

まあ、歳も歳だし、そろそろどこかに「拠点」を設けてもいいんじゃないかなと思っていた折、それがおそらく東京となるであろうことについては、ベストな選択なのではないかとは思いますが、このまま東京に固定されてしまうようなことがあれば、それはそれで「世界を股にかけ」られなくなるからいやだなー、と思ったり。ま、仕事が仕事ゆえ、そういうことはないはずなんですけどね(少なくともアジアに関しては。)。それでも、僕の30台の大部分のように、常に外国の空気に直に触れ続ける、ということはなくなりそうで、やっぱりさびしくないと言えば嘘になるかな。

それはさておき、帰国の話です。
いろいろあって帰国予定は8月の下旬が適当だ、という話になったので(ほんとはオリンピックのさなかなんですけどね・・・)、フライトの予約をしようと、日系の旅行代理店に行ったところ、片道の直行便ってやつは実に高い!僕に学生料金が適用されるヴァージンアトランティックですら、二人で合計1500ポンド以上。おそらく払わなければならないであろう超過荷物費用を考えると更に料金上積みになってしまいます。日系などはもってのほかです。まあ、こちらに来るときも、考えてみればブリティッシュ・エアウェイズに一人あたり当時のレートで1000ポンドちょっと払っていたことを考えれば、決して馬鹿高いものともいえないのですけどね。

で、その旅行代理店の人(対応してくれた人は、一生懸命調べてくれたことはありがたいのですが、どこか愛想が悪いというか、いまひとつレスポンスが悪いというか、とにかくそんな感じでした。イギリスに長くいる日本人と会うと、時々そんな印象を受けることがあるのが不思議です。)に、経由便で安いのはあるか、と聞いたら出てきたのがアリタリアのローマ経由とエミレーツのドバイ経由。いずれも二人合計で1200ポンドほどです。いずれも経由地でのストップオーバーが可能というのですが、だからと言って簡単に予約できないのが我が家のつらいところ。というのは、「ストップオーバー=小鴨のビザの問題」が不可避的に生ずるからなんです。EUの取り方は分かるとしても(ただ、今回申請するとなればイタリア大使館で、ということになるのですが、噂では、対応もきわめて「イタリア的」だとか。)、UAEは全く未知の領域。旅行代理店の人に聞いても「えー、香港の方じゃないんですよねぇ。(ちょっと調べてから)うーん、ちょっと分かりませぇん…やっぱり、UAEの大使館に問い合わせられてからのほうがよろしんじゃないでしょうかぁ」とのことだったので、(まあ、基本日本人相手の旅行代理店なので、仕方がないのですけどね。)、この日は予約をせずに撤退しました。

その後、まあローマに行ったことはないけどイタリアはもう2回行ったから今度はUAEはどうか、と小鴨に聞いたところ、小鴨はそれでもかまわないと言うもののUAEそれ自体にあまりピンと来ていないご様子。一方僕は、大学生の頃一時期イスラム文化に興味をもったこともあり、その後も中東は是非一度行ってみたいと思っていたので、ドバイストップオーバーは願ったりかなったりといったところ。

ともあれUAEのビザについていろいろ調べてみたのですが、どうも96時間有効の通過ビザが割と取りやすいことがわかったものの、今もそうなのかはよく分かりません。それならば、エミレーツの窓口で直接聞いてみよう、ということになり、先週の日曜日、グロスター・ロードにあるエミレーツのロンドン支店に足を運んだのでした。(※)

(※)これが、前回の記事で触れた「用事」です。

で、エミレーツのロンドン支店と書いてあるビルは、普通の瀟洒なオフィスビルの雰囲気で、エレベーターホールと守衛さんがいるだけでカウンターなど1つもありません。中に入って「え、エレベーター昇るんだよねぇ。」などと言っていたら、


うわっ!!!

という大声。びっくりして振り返ったら、守衛さんがニヤニヤ笑っています。おもろいおっさんです。
で、どこに行くんだと聞かれたのでエミレーツのオフィスに行きたいんだけどと答えたところ、「それならエレベーターで1階だ(つまり、日本でいう2階)」と親切に教えてくれたのでそれに従ってオフィスに。果たしてエミレーツのオフィスがありました。
で、名前を登録して番号札をもらって待つこと10分か15分。頭にヒジャブ(スカーフ)を巻いた女性スタッフが僕たちを呼んで早速いろいろ聞いてみました。
で、要約すると、次のような感じ。

・96時間のトランジットビザの制度は変わっていない。
・飛行機とホテルさえ予約すれば、エミレーツのウェブページからも申請可能だし、ドバイに着いてからでも申請可能。
・飛行機とホテルの予約は別にエミレーツを直接通さなくてもよい。つまり、代理店や他のウェブサイトからの予約でも全く問題ない。

へぇー、なんかとってもフレキシブルだねぇ。と感心しつつ、「もし仮にここでフライトを予約したらいくらするんですか?」と聞いてみました。すると、

ここで予約すれば一人税込み542ポンドですけど、エミレーツのサイトで予約すれば更に一人当たり29ポンドお安くなりますよ♪

との由。

な、何だってー!!(AA略)

だって、日本とかじゃあ、航空会社のウェブサイトでの申し込みなんてのはどうやったって高いことが当たり前。ましてやシングルなどは割引などありえない世界でしょ。それが、シングルかつストップオーバー可能なチケットが旅行代理店よりも安く買えるなんて、信じられません。

ともあれ、とてもはきはきと懇切丁寧に対応してもらったことに感謝しながら(別にけなすつもりはありませんが、ふとその前に訪れた旅行代理店の対応を思い出さざるを得ませんでした。)エミレーツのオフィスを後にしたのでした。もちろん、下の守衛のおじさんにもByeと言ってね。

…というわけで、その後エミレーツのサイトで予約をしたのですが、エミレーツのお姉さんの言ったとおり、一人29ポンド安、二人で58ポンドの更なる節約に成功、フライトの代金は1025ポンドとなったのでした。これ、日系の航空会社の片道一人分と同じか、それよりももしかしたら安いかも…。
ちなみに機材はロンドン-ドバイ、ドバイ-成田両方ともエアバスA380。総二階建てのアレです。まあ、これについてはいい評判も悪い評判も両方聞きますが、ともあれ一度は乗ってみたいと思っていたので、これにも期待大です。加えてエミレーツのサービスの評判は世界でも指折りですしね。

で、こうなれば「留学生活の最後はアラビアン・ナイトとしゃれこもう!」ということになるのが必然の流れとなるわけで、早速ホテルも予約。ま、そういうのもいいじゃありませんか♪

ともあれ、苦しい試験+論文を乗り切るモチベーションができました…多分。
小鴨も、UAEの情報をいろいろ集めたり、上海万博のUAE館がなかなかよかったことを思い出したりするうちに、次第にドバイに乗り気になってきました。

ともあれ、アラビアン・ナイトを夢見て。

2012年2月26日日曜日

TFL

TFL。別にTRFの間違いじゃありませんよ(つか、このネタを引っ張ってくるだけでジェネレーションが分かったしまうのが悲しいです。ま、trfと書かないだけましかな?)。

ともあれ、TFLとは、Transport for London、言ってみれば、「ロンドン市交通局」のようなものといえばよいのでしょうか。ロンドンのアンダーグラウンド(地下鉄)やバスなどを統括する部門です。

ロンドンの地下鉄は、週末ごとにどこかで工事をやって運休するのが常ですが、このところ、僕の住むノーザン線のハイ・バーネット支線(※)が毎週末運休するので、週末に街に出るのが不便でたまりません。こういったことをインターネットや(登録すれば)メールで詳しく情報提供してくれるのはありがたいのですけど。

(※)ノーザン線は、カムデン・タウンを挟んで南北に2つずつの支線(ハイ・バーネット/エッジウェア及びチャリング・クロス/バンク)があって、それぞれが交互にクロスしながら運行されています。


こういうときは、TFLも気を利かせて地下鉄の走る最寄の駅までRail Replacement Bus(代替バス・無料!)を出すので、都心に出るのが不可能というわけではないのですが、それでもいくらか時間がかかるので億劫ですよね。

で、昨日もまたまた地下鉄が運休となってしまったので、代替バスを使っての移動となったのです。
ハイ・バーネット支線が全部運休の場合には、僕の住んでいるところからは同じノーザン線のエッジウェア支線のゴルダーズ・グリーン行きの代替バスが出て、10分ほどでゴルダーズ・グリーンに着くのでなかなか便利だったのですが、今回はあいにくハイ・バーネット支線の「一部」運休。となれば、代替バスはゴルダーズ・グリーンに行かず、ハイ・バーネット支線が折り返すアーチウェイまでのバスとなっていたのでした。

前置きが長くなりましたが、ともあれこれに乗ったのですが、もともとアーチウェイまでは距離があるのに加えて、渋滞にも巻き込まれ、アーチウェイまで半時間ほどかかってしまいました。そして、アーチウェイについて地下鉄に乗ろうとしたら、この日に限ってハイ・バーネット支線の列車が全てバンク支線経由とのこと。もともとチャリング・クロス支線方面に行こうと思っていた僕らはとことんついていません。
…まあ、ロンドンの地下鉄は東京並みに入り組んでいるので、バンク支線からでもルート構築しやすいのがありがたいところですけどね。結局、無事目的地(♯)に到着です。

(♯)このあたりの話については、次のブログで紹介できるかも?

で、この日はいろいろふらふらした後、ロンドンの大きなデパートの1つのセルフリッジズまでやってきました。こうなったら、家に帰るのには82番のバスが便利!少し時間がかかりますが乗りっぱなしで最寄のバス停まで行けるし、上記のとおり、この日はどのみち地下鉄で最寄り駅までいけないわけだしで、早速やってきた82番のバスに飛び乗って2階の席を陣取ったのでした…。おおよそ7時半くらいでしょうか。





でも、そこからが地獄でした…




82番のバスは、セルフリッジズを出発後、一路北に向けて普段どおりに走ります。と、フィンチリー・ロードに入ったあたりから、渋滞に巻き込まれだしました。それも普段とは違った感じで。小鴨と「これじゃあ8時半位に着きそうだね」なんて話をしていました。

渋滞に巻き込まれたバスは、それでもゆっくりと歩を進めて、ようやくフィンチリー・ロード駅の辺りまでやってきたのですが、行く先にはなぜかパトカーが止まっていて、迂回を促しています。原因はなぜかよく分からないのですが、少なくともこれが渋滞の原因だったのでした。で、我らが82番も警察の誘導に従ってウェスト・ハムステッド方面に迂回を始めたのですが・・・



一向に動かない!!!


ある場所の信号など、こちらの青信号は10秒そこそこの癖に赤信号は数分続くなどというひどい状態で、ものすごい時間をかけてようやく曲がれたと思ったら、そこも激しい状態が延々と。
イギリス人はこういったことに割りと我慢強いように思うのですが、それでもさすがにいらいらした空気が流れます。きれいな服を着たお姉さんが”F**king”と言ったり、お兄さんがどんどんと窓ガラスを叩いたり。
また、イギリスは路駐が至って普通で、これがこういった時の交通を見事に阻害してくれます。ある場所など、対向車線も数珠繋ぎのカーブで我らが82番が曲がることができず、その原因が路駐車+それを無理によけて変な角度になっていた対向車のせいとわかるや、別の男性が2階の窓からにらみつけるとか。

で、迂回区間がようやく終わり、フィンチリー・ロードに戻ってきたときは、みんなが「お、戻ってきた!」と言って空気が和らいだのは面白いです。


で、バスはようやく、本当にようやく最寄のバス停に着きました。時間は9時半。考えてみれば2時間もの間82番に乗っていたのでした。東京から新幹線に乗れば、米原と京都の間くらいまで行ってしまいそうな時間、冬のジェット気流が速い日に上海から離陸した飛行機なら成田に着いてしまいかねない時間です。さすがにくたびれましたよ。

…ま、それでも、これが中国だったら、渋滞は、さらにカオスだっただろうし(お互い譲りあわない車文化ですから)、どこかで喧嘩が始まっていただろうし(車同士、乗客同士、乗客と運転手、などなど)、クラクションはそれこそけ鳴り止むことがなかったことでしょうし、その結果時間だってもっともっとかかったことでしょう。路駐の酷さを除けば、イギリスの交通マナーは比較的よいので、2時間でもまだましだったのかもしれませんね。ただ、もう少し「何で道路が封鎖されているのか」の説明くらい欲しかったけど(運ちゃん、何も言わないんだな、これが。)。

ともあれ、交通機関についての運が全くなかった土曜日でした。

あ、そうそう、あと1つノーザン線に関する文句を。
この線、なぜかよくわからないのですが、ちょくちょく行き先が変わるんですよね。チャリング・クロス回りのはずが途中でバンク回りとなったり、ユーストンやイースト・フィンチリーで突然運行打ち切りとなったり。ある意味器用な運用と言えばそうなのですが、いわば新宿から乗った小田急線の本厚木行きが登戸辺りで「やっぱり唐木田に行きまーす!ごめんね♪」と言うのと同じこと。これ、外国人が初めて使う時は面食らってしまうし、車内放送を聞き逃したら知らないところに連れて行かれたりするわけで、なんとも厄介な話です。ま、ジモティーたちは慣れたもので、二言三言文句を言いながらも、おとなしく電車を降りてゆきます。余りあせらないのもイギリス人の気質なのでしょうか。

2012年1月27日金曜日

痛快ウキウキ(セント・ポール)通り

僕は大学入学にあわせて上京したのですが、渋谷に初めて行った時、今まで経験したことのない街の雰囲気(それは、今から思うと、「若い世代のエネルギーが作り出して出来上がった巨大な繁華街の雰囲気」なのでしょうか)に、「俺はここ(渋谷)には絶対なじまへんやろな」と思ったものです。

でも、通っていた大学(の教養課程)の校舎が渋谷に比較的近かったこともあり、渋谷は(住んでいた路線のターミナルである)新宿よりも頻繁に行く繁華街になり、しばらくすると渋谷が自分自身にとって東京で一番なじむ感じがするようになりました。

それからは、特に何かするわけではなくとも、センター街から宇田川町交番の方に、そして更にスペイン坂を上がったりするのは、何となく心がウキウキする感覚を覚えずにはいられませんでした。

…ちょうど大学生の頃にはやっていた小沢健二の「痛快ウキウキ通り」の雰囲気のように。
まあ、「プラダの靴が欲しい」というような彼女がいたわけでもなく、「喫茶店で独りワインを飲んで」いたこともないけどね。

大学を卒業し、各地を点々とするような生活になってからは、東京に住んでいた時すら余り足を向けることがなくなってしまいましたが、それでも渋谷は大学生の頃を思い出させる懐かしい街であることには変わりありません。

===
この間、持っているスマホのOSを更新したのですが、その際にもう少しこのスマホを有効活用しようと思い、PCに入っている音楽をちょっとためしにインストールしてみました。で、その中の1枚が小沢健二の「刹那」。2曲目にはかの「痛快ウキウキ通り」が入っている、アレです。

で、昨日、バービカンでの授業が終わった午後8時、小鴨がランゲージ・エクスチェンジを終えてTottenham Court Roadの辺りにいるということだったので、そこまでダイレクトに行けるセントラル線に乗るためにセント・ポール駅まで歩いてゆきました。バービカンの駅をかすめて南に足を進め、ロンドン博物館のところにあるロータリーを右に入って道なりに更に南下。と、セント・ポール寺院のドームが目に飛び込んできます。ちょうどその時、「痛快ウキウキ通り」が耳に飛び込んできたのでした。

このスマホ、やたら重低音の出力がしっかりしていて、もともとベースラインを効かせつつ生っぽいレコーディングをしている(と僕が勝手に思っている)オザケンの音がより耳にごつごつと訴えかけてきます。で、そういうベースラインに耳を委ねていると、曲に乗せられて気分が乗ってきます。歩いている雰囲気も、ちょうどこの曲のPVのようなような(でも、あくまでも脳内の話。実際にやったらただのヤバい人だし。)。

セント・ポール駅に向かう道。どちらかといえばビジネス街なので、夜8時ともなればややひっそりすらしていて、センター街のような賑やかさはありません。でも、冷えた冬のロンドン空気の中、セント・ポール寺院のドームを目指して歩いている自分にとって、その道は、その時は、間違いなく「痛快ウキウキ通り」なのでした。

2012年1月17日火曜日

ああ無情

学校が始まって軌道に乗ってくると、さすがに冬休みの時のようにはせっせと更新することもままなりません。自分なりに勉強の方法論を先学期とは違ったものにしてみようとしているのですが、まだ軌道に乗ったともいえず、困ったものです。でも、進まないよりも進んだ方がましなわけで。

今日は、夕方の5時半ころまでバービカンで授業があり、その後ウェスト・エンド(=チャイナタウンの辺りのことね)でレ・ミゼラブルのミュージカルを観てきました。ウェスト・エンドへはバスで向かったのですが、途中通ったセント・ポール寺院の前ではウォール街のデモと連動して起こっているデモのテントが並んでいました。

で、レ・ミゼラブルなのですが、お恥ずかしいことに、このMimakiirihiko、この原作を読んだり、映像作品で見たことが全くなく、とにかくロンドンでおそらく一番のロングラン公演をやっている(25年以上)ミュージカルというだけのミーハーな理由でのチョイスです。

劇場は、チャイナタウンの道路を挟んで向かい側。僕たちはいつものとおり一番安いチケットを買いましたので、劇場の最後列の席。でも、観劇にさしたる支障もないし、割と広角的に舞台を見られるので、決して悪くはないと思います。ただ、今回の劇場に限っていえば、最後列のシートピッチが今まで経験したことがないほど狭く、ちょっと窮屈だったかな。

で、肝心の劇のほうですが、今まで僕たちが見たミュージカル(マンマ・ミーア!、ビリー・エリオット)や芝居(39 Steps)とは趣を異にする、いわば「クラシック」なミュージカルといった感じでしょうか。俳優たちはおそらく相当程度声楽の素養がある人たちなのでしょう、おしなべてしっかりした発声をしていてとても上手です。マイクは当然入っているのですが、生の声も最後列の僕のところまでちゃんと飛んできていましたしね。特に、主人公のジャン・バルジャン役の俳優は、fffからpppまでを表情豊かに歌い分けるすばらしいテノールでした。それに、全てのセリフが歌になっているのも、これまで見た2つのミュージカルとは違うところ。言ってみれば、オペラの現代版のような感じで、もしかしたらこういったものがミュージカルの「原型」なのだろうか、とも思ったりしたのです。

で、休憩時間には「歌ばっかりで普通のセリフがなく、全体的にだらだらしている」とぼやいていた小鴨ですが、最後のジャン・バルジャンが死ぬ場面では鼻をぐじゅぐじゅいわせてきっちり泣いていました。うん、確かにこの場面は、思わず引き込まれましたよ。

そういった辺り、このミュージカルが四半世紀以上のロングランを続けている所以なのかもしれませんね。

僕としては、総合芸術としてミュージカルを観るならば、レ・ミゼラブルは今まで観たものよりも完成度が高いんじゃないかな、と思いました。観劇後のしみじみとした反芻も今までにはない経験でした。
でも、僕はもともと、「お気楽に、ひたすら楽しい」ものが好きな人。なので、レ・ミゼラブルのようなしみじみしたのも時には悪くないと思うものの、文句なしに「楽しい!」と思えたマンマ・ミーア!をあえて強く推したいと思います。あの時は、台湾のC嬢と小鴨との3人で行ったのですが、芝居がハネた後、3人が3人ともABBAの歌をハミングしていたのは、我ながらとても印象的で…。

次のミュージカル鑑賞は、小鴨の強い希望で「シカゴ」になりそうです。
まあ、この点に関する僕の希望はまず反映されないのです…ああ無情(T_T)

2012年1月9日月曜日

新年かつ旧年

学校が始まりました。
久しぶりに見る友人に近況を聴きながらも、やっぱり先生が授業を始めると、それなりに授業に没頭でき、意外とスムーズに学生生活に戻れるのかな、と思いました(錯覚かもしれないけど。)。

それにしてもこの時期ってのは、特に小鴨と結婚してからは、新年なのか旧年なのかよく分からん変な気持ちにさせられています。というのも、旧暦で言えばまだ旧年で、中国では今こそが「年末」で人々の気持ちが完全年末モードだったからです。

中国の旧正月、ってのは、中国人にとって家族と過ごすべきとても大切な時期。都会に出稼ぎしている人を故郷に送り込む「春運」も1月になれば本格化します。バスや鉄道、そして飛行機で故郷に向かうのです。この時期は、例えば鉄道も大増発で、使い古したいわゆる「緑皮車」と呼ばれる客車も大活躍!人々は、こういった列車にたくさんの荷物を積み込んで、ともすれば二晩以上列車に揺られて(それもともすれば「硬座」と呼ばれる座席車で!)懐かしい家族に会いに行くわけです。

で、上海時代の我が家の場合は、先の記事にも書いたとおり、12月30日頃に日本に戻って日本の新年を僕の家族と過ごした後に1月3日ころ上海に戻り、しばらく上海で「あけましておめでとうございます。それではよいお年を」などと言った後、大体旧暦の12月30日に成都に行って、春節休みの大部分を小鴨の家族と過ごす、なんてことをやっていました。交通機関はやむなく飛行機。だって、鉄道だと30時間以上、1日目の夕方に出て3日目の朝につく計算になってしまうんですから!
この時期の飛行機は割引がほとんどないのですが、それでも成都行きの飛行機はいつも満席!加えて飛行機の中には中国の正月に流れる伝統音楽がBGMに流れ、人々もいつもよりハイテンションで延々おしゃべりを続けるのです。僕はよく上海発夜の9時過ぎの飛行機に乗ったものですが(成都到着は大体真夜中の12時頃)、そんなナイトフライトでも乗客は至って元気なために寝たくても寝られず、機内エンターテインメントなどあるはずもない飛行機で悶々としながら「早く着け、早く着け」と心の中でつぶやき続けておりました。

ともあれ、そういうわけでこの時期は、新年明けで、「よっしゃ、気持ちもリフレッシュ!今年も気合入れて頑張ろう!」という気合を見事に打ち砕いてくれる雰囲気が中国中に充満しているわけです。

さすがにここイギリスでは、そこまでの「新年かつ年末ムード」はありませんが、それでも今年の春節(23日―英国時間22日午後4時)にはせめてささやかなお祝いでもしようか(まあ、餃子を作る程度でしょうけど)と小鴨と言っているところですので、僕の中ではやっぱり少し変なムードであります。

…つーか、ただサボりたいだけか?

いやいや、今年の春節は、やっぱり祝わねばなりません。
そうでなければ、モンマルトルで余りかわいそうではないおじいさんから35ユーロで買ったアレを飾るチャンスがありませんから!(12月23日付記事参照)

そうそう、アレをブログでアップしたところ、小鴨の親友のシンガポールのX嬢と我が母親の両方から、「あの写真のどこに件のブツがあるのかしばらく分からなかった。…え、あれなの?」という反応。更にX嬢にはスカイプで現物を見せると、ご主人のJさん共々呆れ顔。そういえばスイスのE嬢とご主人のJさんも苦笑いしていたっけ。

まあ、少なくともネタとしては今のところ十分に働いてくれていますよ、例のアレ。

新学期が始まります…

12月10日から始まった冬休みも、今日で終わり。
このブログを書き終わるであろう時間は、もう、新学期開始日です。

この冬休みは、2週間すっぽり旅行に出かけていたということはあるものの、それにしても本当にあっという間に過ぎてしまいました。うーん、もっとじっくりと楽しみたかったのに…と後悔しても後の祭り。これからは、おそらく試験終了~論文提出まで、ひたすら勉強の毎日となるのでしょう。そして、このことを逆に言えば、僕のイギリス出国もより具体的な形で見えてきたということにもなります。それが、やっぱりもったいないような気がしてなりません。

でも、最近、まあ、いろいろありまして、なんだか仕事に復帰したいという気持ちも湧きつつあります。この1年、とりわけ前半は、そういった複雑な心理状態の中過ごしてゆくこととなるのでしょう。

ともあれ、そういう意味でも完全に自由な時間を過ごせる最後の日である今日(日曜日)、コロンビア・ロードにある花市場に行ってきました。
コロンビア・ロードとは、イースト・ロンドンにある通りで、毎週日曜日の朝8時から花市が立つことで有名です。小鴨がフラワースクールの同級生から聞くに、花の値段も割安だというので、一度見に行こうということになったのです。

イースト・ロンドンは、僕の大学の本部のある場所もそうなのですが、日本人の観光客が訪れるロンドンとはちょっと勝手が違うところかもしれません。ヨーロッパ以外からの移民や労働者階級の人が多く住み、治安はお世辞にも良いところではありません。街並みもどこか寂れていて、昼から酔っ払いのおっちゃんがふらふらしているという意味では、ちょっと(観光地化される前の)大阪の新世界の雰囲気に相通ずるものがあるかも。まあ、昼間であれば、基本的に問題ない場所なのですけど。

ともあれ、今回は、地下鉄ノーザン線でオールド・ストリートまで出て、そこから55番のバスを乗り継ぎハックニー・ロード/コロンビア・ロードで下車。そこから5分ほど歩いて市が立っている道に着きます。この場所は、ちょっと北に上がればベトナム移民が多く住んでいて、ロンドンのベトナム料理屋はこの界隈に多くあります(我々も以前来たことがあるので、このエリアは2度目ということになります。)。
バス停から市までの道は、おそらく1970年代から80年代に建てられたと思しきちょっと高層のアパートやら、それ以前に建てられた低層のアパートメントやらがあります。前者は、かつてはきっと最先端のデザインだったのでしょうが、それも今は昔。近未来的なコンクリートむき出しのデザインが今や廃墟的な雰囲気すら醸し出しています。一方、後者については、これがなかなかこじゃれたデザインではあるものの、決してきれいに使われているわけではありません。そう、ここは、典型的なイースト・ロンドンなのです。

で、市場。道の両脇にストールが並び、多くの人が集まっていて、なかなかの盛況です。


花もなかなか新鮮なものをそろえていますし、値段も確かにお手頃感が。下の写真でも、1束3ポンドと書いてありますよね。


そうそう、イースト・ロンドンについて、さっき僕はマイナスの面ばかり書いてしまいましたが、実は同時にロンドンで今もっともcoolな場所かもしれません。というのも、若手のアーティストやらが住み着いて、最新のロンドンのモダンアートの発信地になっているからです。そういうこともあってか、道の両脇にはなかなかおしゃれなショップが立ち並んでいて、小鴨は、花そっちのけでショップを一軒一軒漁ろうとします。僕は、それを適宜制止して本題(=花)に戻す役目に。

でも、ここ、今回訪れた限りではなかなかいい場所だと思いました。むしろ住んでもいいかな、と思わせるほどに。非常に庶民的な雰囲気、その中にあるアートな空間は、僕の住んでいる「中産階級」的街並みにはなかなか見られないもので、それがとても魅力的に感じられたからです。


で、こうやって音楽を演奏している横で子供たちが踊っている、なんて様子も、この街ならではなのかも。

そうそう、花市場はなかなか活気があったのですが、花売りのおじさんたちの陽気な掛け声もそれに一役買っていることは疑いようもありません。ただ、このおじさんたちの話す英語は、普通ロンドン中心部で聞く英語よりも分かりにくかったりします。それは、僕のリスニング力のなさもさることながら、コックニー(か、それに近い言葉?)を使っているからでしょう。でも、そういったおじさんの声がまたこの街の雰囲気にマッチしていて、雰囲気が良かったりします。そうそう、必ずしもコックニーだからというわけではありませんが、おじさんたちは、通貨の「ポンド」をpoundとは言っていませんでした。その代わりに、俗語として使われるquidを多用。「5ポンド」だって、"5 pounds" とは言わずに"fiver"です。こんな具合に。


動画の音は少し割れ気味で聞き取りにくいのですが、最初のおじさんは「何でも二束5ポンド!(Any two bunches for(←これは自信なし) fiver!)」と言っているようです。他でも、3束10ポンドとか、6束5ポンドとかいろんな売り声が飛び交っていました。

そして、僕らは10ポンドで花を3束買い、ついでに赤い鉢(9.5ポンド)も。そして(その一部を使って)出来上がった小鴨のプライベート作品。



ロンドンに日曜日にいる機会があれば、ここに足を運んでみるのもおすすめですよ。ちょっと違うロンドンの一面を垣間見ることができますから!

ちなみに最寄のバス停で一番便利なのは、上記のバス停。55番以外にもいくつか走っているようですが、番号は忘れちゃいました。でも、ノーザン線のオールド・ストリートからも15分くらいで歩けます。

2011年12月13日火曜日

明日から旅行です

昨日は、ロイヤル・アルバート・ホールにクリスマス・キャロルを聞きに行きました。
ロイヤル・アルバート・ホールといえば、イギリスのクラシック音楽の総本山、と言えば大げさかもしれませんが、とにかく有名な音楽ホールであることは間違いありませんよね。

もっとも、相変わらずの学生身分ということで、買ったチケットは最安の12ポンド/人。指定した座席は最上階のステージ際でした。ところが、実際にその場所に行ったら、入り口にいた係のお姉さんが、「もしよければ別の席にお通しできますよ」といって示したのが1階席!迷わず替えてもらいました。おそらくその辺りが空席だったので埋めたかったのでしょうが、後で周りの人が持っているチケットをチラ見したら、約39ポンド/人でしたので、いや、本当にラッキーでした。

中の雰囲気は、うん、決して最新の音響設備を備えているわけではありませんが、積み重ねた歴史とそれに基づく格式のようなものは、なかなか追いつけるものではありません。大英帝国の遺産ってのはかくも生き続けるものなのか、と思わずにはいられません。

演奏会自体は、(まあ、大衆向けの演奏会ということもあるのでしょうけど、)いろいろ演出に趣向を凝らしたり、所々で聴衆も一緒に歌うなどして、舞台と客席の一体感のようなものが普通の演奏会とは異なる雰囲気でなかなかよかったです。また、伴奏にオケがはいっていたのですが、特にそのヴァイオリンの音の柔らかさがとても心地よかったです(そのかわり、時々出てくるソリスト用の指向性のやたら高いマイクがソリストのブレスその他の細かい音まで拾っていたのは気になりましたが。)。とにかく、あのホールの歴史と雰囲気に包まれることができたことがとてもすばらしく感じました。

・・・もっとも、小鴨は、この種の音楽には全く関心がないこともあり、大した印象もなかったようでした。正直ちょっと寂しいですが、まあ、B型の性格ってのはそんなところがあると俗に言ったりするよな、と諦めなければならないのでしょう。。。

ところで、明日からヨーロッパ大陸への旅行に出かけます。
明日は午前中にニースに向かいます。

ブログについては、今回はいろいろ考えましたがPCを持って行くことにしましたので、随時アップできるかな、と思ってますが、どうなることやら!?

ともあれ、今日はこのくらいに!
行ってきまーす!!

2011年12月11日日曜日

ありの実

僕の好きな果物は、梨と桃。
両方に共通する要素からすれば、「水分たっぷり」で、かつ、「甘い」果物が好きなんでしょうね(もっとも、梨については、親の知り合いが毎年送ってきてくれていたためもあるのでしょう、二十世紀が一番好きなので、決して「甘い」一辺倒ではないとは思うんですけど。)。

で、梨といえば、和なし、中国梨、洋梨とあるわけで、中国でも中国梨には結構お世話になりました。中国なしは、形は洋梨のような感じで不恰好ですが、味は和なしのような感じで、例のシャリシャリ感も十分です。漢方の世界では咳に効果があるとのことで、成都に行ったときに咳がひどくなった時などは、漢方医に処方箋を書いてもらった上で、附属の薬膳料理屋で梨ジュースを飲んだりしたものです。こんな薬なら毎日でも!

その一方、この不肖Mimakiirihiko、これまで、食べたことがあったのかなかったのか記憶が定かでないほど洋梨とは無縁の生活を送っておりました(少なくとも、生食はしたことがないような)。まあ、日本では和なしがあるし、和なしと比べりゃ洋梨高いですしね。そういうわけで、僕はずっと、「洋梨=柔らかい、においがきつい=(僕が知っている、という意味においての)『梨』ではない!」という、言ってみりゃネガティブなイメージしか持っておりませんでした。

とはいうものの、ここで一番簡単に入る梨は言うまでもなく洋梨です。ちょっと前からいろいろな種類の洋梨がスーパーや果物屋に並んでいます。というわけで、人生37年目にして(おそらく初)の洋梨に挑戦です。
お味は…

うん、おいしい♪

洋梨をこんなに気に入るとは、我ながら意外に感じましたよ。でも、良く考えてみれば、冒頭に書いたとおり、僕は梨と桃が好きな人。つまり、桃のような「しっとり、柔らかい」感覚(※)はそもそも嫌いじゃなかったのです。いやー、食わず嫌いはあきまへんな。
というわけで、それからというもの、スーパーに行くたびに洋梨に手が伸びるようになりましたし、好きな品種(TESCOでキロ1.95ポンドくらいで売られているBlush Pear!)も出てきたわけです。

ただ、やっぱり洋梨は、食べるタイミングが和なしのように簡単でないのは難しいところ。つまり、買った後もすぐ食べられることは多くなく(食べても香りがなく、余りおいしくない)、2,3日はビニール袋に入れて熟成させて少し柔らかくしなければなりません。でも、これもおいしい梨を食べるための投資です。

(※)でも、中国人の小鴨に言わせれば、桃というのは堅いものとのこと。確かに中国で普通に売られている桃は、日本のような水蜜桃ではなく、やや青臭く、堅いんです。食べる時に、「コリッ、コリッ」という音がするくらい。なので、僕は中国の桃は余り好きではないのです。

===
はてさて、話は変わって昨日のこと。
久しぶりにピカデリー・サーカスのジャパン・センターに行って見ると、和なしが1個1.99ポンドで売られていました。ちょっと高過ぎるな、とは思いつつも、あのシャリシャリした和なしの食感がとても懐かしくなり(これは小鴨も同じでした。)、ついつい2つ買ったのでした。

その後、僕と小鴨は、食材を買いに、チャイナタウンにある中国食材スーパーに行きました。
…と、そこで目にしたのは何とまあ中国梨!しかも、6個で1.65ポンド!!!

ガ━━━━━━━∑(゚□゚*川━━━━━━━━ン!


帰宅後、1.99ポンド/個をはたいて買った貴重な和なしちゃんを食べました。
…でも、おいしくない…。大味でただ水っぽい代物でした。こんなもん、日本でも売れんぞ!!


つか、日本食材屋、なんでもかんでも高すぎです。
もう、これからどうしても他で手に入らない場合しか行かへんからな!!!(実際のところ、そういったものが少なくなかったりするのがつらいところですが(例:各種生魚、薄切り肉)、少なくとも野菜と果物はもうこりごり。)

2011年12月10日土曜日

ホームカミング・デイ

金曜日、1学期が終わりました。
前にも書きましたが、とにかくあっという間という言葉しか思いつきません。

…ま、大学院生活についてはまた別の機会に書くとして、今日は、6日に行ったボーンマスのお話。

7月の頭にボーンマスを離れてからなかなか訪れることができなかったボーンマス。週末に行っても語学学校は閉まっているだろうし、平日はやっぱりロンドンから出にくいということもあり、ずっと二の足を踏んでいましたが、今週は大学も1学期の最終週だし、ボーンマスの語学学校も今はオフシーズンで余裕があるだろうし、ということで、一念発起での「帰省」でした。

朝少し早く起きて、ヴィクトリアのコーチステーション8時発の長距離バス(コーチ)で一路ボーンマスへ。車中はほとんど寝ていたのですが、ウィンチェスターの辺りで一旦目が覚めると、そこには懐かしいカントリーサイドの風景!初めてイギリスに足を踏み入れた日の感動を再び思い出したのでした。あの時とは異なり、冬の風景だけど。

そして、コーチはサザンプトンをかすめ、ニューフォレストを通り、ボーンマス市に入りました。いつも見慣れた窓越しの景色。昔良く通っていた陸橋をくぐるとまもなくボーンマス駅に到着!

そこには、離れた時と全く同じ街の姿がありました。
そして、僕たちも、5か月ぶりのはずなのに、まるで数日ボーンマスを離れてまた戻ってきたような、不思議な感覚になっていました。

その後、僕たちはまずは通っていた語学学校に行きました。スタッフのほとんどは僕たちのことをまだ覚えていて、懐かしい人たちといろいろ話をしました。特に、住んでいたStudent Houseの掃除などもしてくれていたTさん(この人の人柄は本当に素晴らしい!)は、お昼前で学食の準備に忙しいのに、僕たちが来たことを本当に喜んでくれました。小鴨も、Tさんにと学校で作ったクリスマスリースを渡していました。

食堂で小鴨とチップスをつまんでいると、ここでもやっぱり不思議な感覚が…。そう、今もここで勉強しているような感覚に陥っていたのでした。

その後は、こんな感じで動きました。


学校からStudent Houseに向かう道。
毎日通った道です。犬の落し物に注意しなければならないのも変わりなく。


シャフツベリー・ロード。
僕たちのStudent Houseのある通りです。



Student Houseの前で記念撮影。
僕たちはこの写真でも見える2階の部屋に住んでました。


学生御用達だったパブ。
半年くらい前、こじゃれたワインバーのような感じもするパブに改装されました。

学校の辺りをこうやって散策した後、昼食を食べ、その後はTown Centre方面に向かいました。




ボーンマスといえば、海!(逆に言えば、それだけ!)
冬のボーンマス・ピア。逆光のアングルですが、何となく神々しさすら感じました。


ビーチ。ちょうど引き潮の時間ですね。


タウン・センターのスクウェアといわれている場所です。
クリスマスシーズンには、屋台のようなものやちょっとしたアトラクションのようなものも出ます。写真中央のサンタクロース(ロボットでただ棒をよじ登ったり降りたりの動作を繰り返すだけです。)を去年も見たというのが小鴨の弁。僕は忘れちゃってたけど。


これもタウン・センターの一角。何の変哲もないホコ天ですが、それでも僕らにとっては懐かしい街並み。


帰りのコーチの時間は、ボーンマスとロンドンとのいずれで夕食を食べるにも中途半端。なので、全国チェーンのアイリッシュ・パブでチョコレートケーキ(これがでかい!)を二人でシェア。僕はついでにギネスを1パイント。僕は、エール党で普段ギネスを飲まないのですが、今日は久しぶりに入るアイリッシュ・パブということで、あえてギネスをチョイス。


で、こんな感じ。

そうして、ロンドンに帰ったのでした。

ボーンマスは、外国人が観光旅行でちょこっと訪れるには全く適しない街ですが、イギリスでは非常に有名な保養地です。つまり、海以外に見るべき観光資源があまりなく、あえてボーンマスに海を見に行く必要が外国人にはない一方、ロンドンからも程よい距離+イギリス屈指の温暖な場所ということで、イギリス人にとってはちょうど良く「のんびりできる」場所なのでしょうね。

ロンドン生活に慣れてきた僕たちとしては、ロンドンのような刺激に乏しいことは否めませんが、逆にロンドン生活慣れしてきた分、イギリス人的視点からボーンマスの良さを感じるようになってきているのかもしれません。加えて、ここは、僕たちにとってイギリス生活の第一歩を踏み出した場所!

思えばここでいろいろな人とも出会ったわけで、この冬休みに企画している旅行でも、そのうちのスイスの1週間は、ここで出会った件のE嬢の家で過ごすことになっているのは、前回お話したとおり。

人とも、街とも、思いがけない縁ができるものなんだなあ、と思いました。

2011年12月2日金曜日

12月に入りました!

とうとう師走!
いや、ほんと1年の経つのが速いです。特に大学院が始まってからは。
でも、1学期は来週の金曜日で終わることもあり、気分はやや中だるみというか、既にクリスマス休暇モードなのかもしれません。

冬休みが始まったら、Swiss-Frenchの件のE嬢の「来ないことなど許されない」といわんばかりの熱心な招待もあり、ヌーシャテルというスイスの街でクリスマスを過ごす予定です。でも、その前にニース・モナコ・ミラノを巡ります。で、問題はミラノから先。目指すはヌーシャテルなのですが、最短距離のアルプス越えの鉄道の運賃は決して安くありません。というよりも、ヨーロッパ国内の移動は、今は(長距離バスを除けば)飛行機が一番安いんですよね。なので、ミラノからは一旦パリに戻り、2,3日観光もしてから、陸路ヌーシャテル入りすることになります。ヌーシャテルで約1週間を過ごした後は、ジュネーブ経由でロンドン戻り。都合2週間の旅行です。

こうやってヨーロッパで生活するチャンスはもうおそらくないのでは、と思うと、最近、やっぱり多少物入りであってもいろいろ出かけてみて見聞を広めるべきなんじゃないか、と思うようになってきています。なぜそう思うようになったのかはよく分からないのですが。そういう中で、E嬢のように、熱心に誘ってくれるヨーロッパの友達がいるということも、またありがたい話だなぁ、と思わずにはいられません。

そうそう、来週の火曜日は、僕も授業がないこともあり、ボーンマスに日帰りで「帰って」みよう、ということになりました(往復のバス代二人合わせて22ポンドという驚きの価格!)。海以外本当に何にもない街だけど、僕らにとっては、イギリス初めての足跡を残した街、そこで他の学生と共同生活を送った街として、ボーンマスはやっぱり忘れることのできない場所になりました。ちょっと学校にも寄って、先生やスタッフとも会ってこよう、昔住んでいた家にも行ってみよう、と思ってます。

そういえば、E嬢も、スイスに戻ってからも何回かボーンマスにやって来ました。
きっと彼女も同じような思いなのでしょう。もっとも、感受性豊かなフランスの血が流れている分、もっと思いは強いのかもしれませんが。

2011年11月23日水曜日

霧のロンドン

このところ、ロンドンは、朝に霧がかかる日が多くなりました。

こう書くと、「あら、『霧に包まれたロンドン』なんて素敵♪」なんて思う方がおられるかもしれませんね。で、それはそれで確かにそうかも、と思うんですよ。霧と言ってもまあどちらかといえば靄のような感じですので、交通に格別支障が生じるわけでもありませんし、加湿器の中にいるような感覚も、僕個人はそう悪くはないな、と思ってます。

それでも、やっぱりこんな気候は嫌だな、と思うのは、、、。

…このところ、洗濯が生乾きになりがちなんですよ。特に厚手の服(室内着のトレーナーなど)がどうやっても生乾き臭が残ってしまい不快です。

ロンドンでは、洗濯物は外で乾かせず(不動産屋曰く、「やってはいけない」のだそうです。)、やむなく室内で乾かすわけですが、折からの気温低下に湿度の上昇が相まって、乾きにくさに拍車がかかっているのです。で、家の中は比較的暖かいとくれば、雑菌どもが元気に活動するのはもはや当然の成り行きというわけで。

まあ、この問題も、暖房を入れるようになれば解決するのでしょうが、節約生活の中、今のところは暖房なしでやってこられていることもあるので(結構この家、構造上暖かいようです。)、生乾きとのたたかい(←こう書くと、なんか胡散臭い左翼団体のスローガンのようで、いとをかし。)はしばらく続きそうです。

2011年11月19日土曜日

チヌ

その昔、大阪湾は「茅渟(ちぬ)の海」と呼ばれていたそうです。
で、そこでよく獲れたからでしょう、関西ではクロダイのことをチヌというのですが、このことは、釣りをやったことのある人なら一度は耳にしたことがあるんじゃないか、と思います。

まあ、このチヌは釣りの対象としてもなかなか面白いヤツで、僕も子供の頃(大体中学生の始め頃くらいまで、かな?)、叔父に連れられて(いや、叔父に無理にくっついていって、が正確なのかもしれませんが)、大阪南港にチヌ釣りに出かけたりしたものです。僕自身は大した腕もなかったのでそんなに釣ったわけではありませんが、20センチを越えてくるとそれなりにぐいぐい引いてくる感覚は、今も忘れずにいます。

***

昨日、小鴨がチャイナタウンで「何の魚か良く分からないけど、とりあえず魚を買ってきた」と言いました。中華料理でよく使う魚といえば、川魚ではコイ、ソウギョ、レンギョ、ナマズといった辺りですが、どれもあまりイギリスで手に入りそうにも思えません。一方、海魚といえばハタの類(いわゆる「○○斑」と名前の付く連中…基本的に高級魚)、イシモチ、スズキ、イシビラメ(多宝魚)辺りが中華食材としてメジャーなところですが、小鴨がその名前を知らないとなれば、これらの魚でもなさそう。
まあ、その日は、特に現物を見ることなく終わりました。

そして今日。6時にバービカンでの講義を終えての帰宅途中、何度か小鴨に電話すれども返事なし。と、向こうからコールバックがあり、曰く、「今魚と格闘している~」。なんで死んでる魚と格闘せんならんねん、と思いつつ帰宅すると、キッチンにご鎮座ましましておりましたのは、30センチ超のチヌでした。で、小鴨が格闘していたのは、はらわたをとる作業だったようです。

ところで、日本ではチヌは刺身や塩焼きで食べるのが普通だと思いますが、小鴨が作るとやっぱり中華風。チヌ君は、その後、紅焼となったのでした(紅焼というのは、言ってみれば醤油だれの蒸し煮のようなものとご理解ください。)。

処変われば品変わる。今夜は、チヌの紅焼+肉団子冬瓜スープ(冬瓜肉丸湯)+青島ビールで夕食と相成りました。最初に焼き目を入れるときにチヌの皮がはげてしまった+尻尾がない(というか、大きさがフライパンに合わないと言って、小鴨が折ってしまった!)のはご愛嬌。
もともと淡白な身は紅焼の醤油だれになじみやすい上に、ねぎ・しょうが・唐辛子のおかげで臭みも取れており、お味はなかなかのものでした!


2011年11月12日土曜日

キュー・ガーデンズ

僕は、いわゆる中高一貫校に通っていたわけですが、中三のころから、友達の誘いで園芸部なるものに(ほとんど形だけですが)所属していました。まあ、もともと花を育てたりすることは嫌いじゃなかったんですけどね。

というわけでもありませんが、僕は前からイギリス(いや、もしかしたら世界)最高の植物園であるキュー・ガーデンに行ってみたかったんです。でも、1年目はボーンマス住まいでしたし、ロンドンに移ってからもそこに行くにはロンドンの北から南西まで大移動をしなければならないということもあり、二の足を踏み続けていましたが、とうとう今日、行ってきました!

キュー・ガーデンの辺りは、ロンドンでもセレブが多く住むというリッチモンド地区に近いということもあり、こじゃれたハイソな郊外という雰囲気が漂います。で、入園料(まあ、これが大人13ポンドとなかなか高いのですが…)を支払って入場!

園内は…とにかく広い!
Key Attractionとして紹介されていたいくつかの施設を訪れるだけでも3時間は必須。でも、それは、広大なキュー・ガーデンのごくごく一部の場所に過ぎません。まあ、ともあれ、今回は、これらを巡ってみたわけです。


最初に行ったのはこの施設。パーム・ハウスという温室で、世界の熱帯地区の植物が植えられている温室です。建物自体もヴィクトリア朝様式とのことで意味があるのかもしれませんが、やっぱり主人公は、世界の大州ごとに分かれている熱帯植物たち!本当に熱帯雨林に迷い込んだような感覚になってしまいます。もちろん、珍しい植物も少なくないわけで、恐竜出現以前からほとんど進化をしていない松に比較的近い植物の充実度などは異様なほどといってもおかしくないくらいです。

そういった珍しいものだけではなく、比較的身近な植物にも親切な案内が書いてあるのがこの植物園のいいところ。例えば、日頃お世話になっているのに実際生えている姿が全く知らないこんな植物についても親切な解説がついていましたよ。


これは、ショウガ。
こんな感じで生えるものなんですね。びっくり。


これは、黒胡椒。
7,8へぇ位は行きそうです(古いネタですみません…)。

で、その後はTemperate Houseという、温帯植物を扱う温室や、Princess of Wales Conservatoryという温室などに行ったのですが、詳細は省略。で、写真を少々。


中央に見える建物がTemperate House。左奥の尖塔のようなものは、ちょっと由来は調べておりませんが、Pagoda、つまり仏塔のようです。


Princess of Wales Conservatoryには、サボテンコーナーや熱帯植物コーナーなどに分かれているのですが、僕が面白いと思ったのは食虫植物コーナー。これは、ウツボカズラ系の「虫を溶かして栄養とする」タイプの植物。


これはモウセンゴケのような、「とりもち」で虫を捕らえるタイプ。この写真でははっきりしませんが、実際に、何匹かの羽虫がこの上で犠牲になっておりました。


ピンボケで恐縮ですが、いわゆるハエトリグサですな。初めて現物を見ることができました!

で、ある場所を歩いていたら、なぜかニワトリが放し飼いにされていて、誰かが撒いたパンを一生懸命ついばんでいます。と、そこにカラスが一羽、ご相伴に与ろうと近寄ろうとするのですが、ニワトリたちが執拗に突っついて追い出してなかなかご馳走にありつけません。でも…


やっぱ、カラスって、賢いよなあ、と思ったのでした。

入場時間がやや遅めであったため、じっくり巡ったわけではありませんでしたが、キュー・ガーデン、それなりに充実したものだったんじゃないかな、と思います。

それにしても、一番印象的だったのは、パーム・ハウス。僕は、なぜか熱帯の植物が好きで、シンガポールの熱帯植物園に行ったときもそうだったのですが、そういった湿度の高い鬱蒼とした空間に身を置くと、なぜだかとても「懐かしく」感じずにはいられないのです。

…それは、人間の本能的な部分がそうさせるのでしょうか?
…それとも、僕の前世は、熱帯雨林に住んでいた「何か」なのでしょうか?

2011年11月6日日曜日

金曜日の出来事(その2・夜のエンターテインメント)

ラッセル・スクウェアの図書館に少し籠もり、その後にバービカンにある教室での講義を受けて…、ここまでは普通の金曜日のスケジュールでした。

でも、先週の金曜日は、そこからちょっと違っていました。
バービカンからキングズクロス・セントパンクラス駅経由でレスター・スクエアに行き、小鴨と落ち合ってある湖南料理店に。湖南料理といえば、中国では、今比較的はやっているのですが、ここロンドンのチャイナタウンにも僕の知る限り2件の湖南料理屋があり、その1つは、僕らが知っているチャイナタウンのレストランの中で一番「中国(大陸)くささ」を感じるところで、味もなかなか。まあ、そこで軽く腹ごしらえをして…。

出かけたのは、ピカデリー・サーカスのキューピッド像横の劇場!
そう、今日は久しぶりの観劇としゃれ込んだのでした。

今回観たのは、「the 39 steps」というもの。ロンドンでも結構人気でロングランを続けています。
で、これ、僕らは、てっきりミュージカルとばかり思っていましたが、実際はミュージカル的要素はないコメディー。ヒッチコックの作品を下地にしたものとのことです。

まあ、本当に何も予備知識がないままで観たのですが、これがとてもおもしろい!
演ずる役者はわずか4人。でも、演ずる役は合計139役!でも、主人公は1役のみ、ヒロインは3役のみなので、残り135役は2人のおじさんの双肩(合計4つの肩ですけど)にかかっていたわけです。そして、それはとても見事なものでした。一人が2役や3役を同時進行で演じる場面も多かったのですが、それもコメディータッチで見事に演じきっていました。

上演時間はインターミッションを除いて約100分。でも、100分間全く飽きさせないスピード感と演技力には驚かされました。

この種の芝居って、相当の演技力がなければ全く面白くなるはずです。特にMr Memory(その他多くの役)を演じるおじさんに求められる技量は、他の3人の役者(それらも相当難しいと思うのですが)に比べても高い水準でなければならないんじゃないかと。イギリスの演劇人の層の厚さを改めて感じたのでした。

また、劇場自体もちょうど良い古臭さと豪華さが溶け合って、居心地のよい空間でした。

というわけで、芝居がハネたあとの二人は、とても満足してレスター・スクエア駅からノーザン・ラインに乗って家路についたのでした。


これこそロンドン生活の妙?

金曜日の出来事(その1・日本大使館辺りにて)

金曜日は、朝から日本大使館(というか同じところにある総領事館)に出頭。
これは、冬休みに予定しているヨーロッパ大陸行きの小鴨のビザ申請に際し(もちろん日本人である僕はビザ不要です。)、僕と小鴨が結婚していることを証明する英文の公式文書が必要になってしまい、…(中略)…ともあれ親から送ってもらった戸籍謄本を携えて結婚証明書の申請をすることになったのです。

(ここで親父への私信)
連絡遅れてすまない。EMSは先週月曜日に届いています。早速の対応ありがとう。

さて、日本の在外公館といえば、上海に住んでいた頃は、上海の総領事館に何度か足を運んだことがあります。上海の日本総領事館は、2005年の反日デモで襲撃を食らったことでご存知の方も多いと思いますが、その後もガードマンが(おそらく24時間体制で)貼り付いており、なんだか物々しい雰囲気でした。投石を受けて至る所がボコボコへこんだ建物外壁も2008年か9年ころまでは生々しく残っていましたしね。
まあ、中国ではそんなに反日なくせに(それともツンデレなだけなのか?)日本の公館に用事のある人は結構な数に上るようでして、開館前には既に2,30人の行列ができているなんてことは当たり前のことだったのです。

…そういった経験もあったので、今回も9時15分の開館前に列に並ぼうと早めに起床。でも、やや寝坊した上に、最寄り駅のGreen Park駅からは大使館とは逆方向にしばらく歩いてしまい、フォートナム・メイソンの前で間違いに気付いてUターン。大使館に着いたのは9時13分ころでした。

が、しかし…

…そこには列と呼べるべきものがありませんでした。ましてや、物々しいガードマンなどいやしません。
僕の前には女性が二人。その後に別の男性と女性が並んだところで開館。でも、僕の前後を挟んでいた4人は、どうも大使館関係者だったらしく、領事部に用事のある一般訪問者は、何と僕が一番乗り!愛想のいい黒人のお兄さんがいる安全検査を通過して、シャンデリアがぶら下がるきれいな待合室で待つこと15分、9時半に第1号の呼び出しがかかって申請手続を行いました。なお、その時点ですら訪問者は僕を入れて4人だけ。

対応された方(もちろん日本人ですが)の対応も日本人らしく親切丁寧で、いろいろフレキシブルな対応もしてもらい、イギリスの「一見まともそうで実はかなり適当」なお役所仕事(や銀行仕事)に苦しめられてきた僕からすれば、「もう、なんて、最高ーーー!」と思わずにはいられませんでした。

それにしても、大使館に向かっている途中、大使館の軒先に日の丸が掲げられているのが目に入った時、僕は、素直に「ああ、きれいだな」と思ったのと同時に、なぜか理由は分からないのですが、妙にほっとしたのでした。そしてそれは、上海では余り感じることがなかった感慨でした。下の写真は、退館後に来た方向と逆から撮ったものです。



さて、手続を終えた僕は、その後ラッセル・スクウェアのいつもの図書館に行こうとしたのですが、何となく別の駅から乗りたくなり、通りをそのまま西へ、Hyde Park Cornerを目指したのでした。
ところで、このHyde Park Cornerにはリビア大使館があり、リビアでの反政府運動が勃発した頃は、(当時の)反政府派を支持する人たちが大使館の向かいに集まって、彼らの旗を広げて集会を開いていました。そして、リビア大使館の前には、それこそ上海の日本総領事館よろしく、入口にガードマンがいて警戒に当たっていたものです。
それが今ではどのようになっているのかちょっと興味が出てきて、リビア大使館を見てきました。



…そこには、以前反政府運動支持者が広げていた旗が掲げられていました。
ガードマンの姿はどこにもありません。

リビアの歴史は、確かに変わっていたのです。

そのことを確認して、僕は、地下鉄駅へと急いだのでした。

2011年10月31日月曜日

LSO for 10 quid

既に昨日になってしまいましたが、ともあれ、日曜日の夜、バービカン・センターにロンドン交響楽団のコンサートを聴きに行きました。
これまでにこのブログでも何度もお話していますが、イギリス、とりわけロンドンは、文化・芸術へのアクセスがとても容易なところで、今回のチケットも、一番安い席で一人10ポンドと、この交響楽団を日本で聴くならばおよそ考えられない価格でゲットです。

今回のコンサートは、若手のヴァイオリニストとしても活躍しているニコライ・ツナイダーという指揮者のロンドンデビュー公演なのですが、プログラムが、

・ニュルンベルクのマイスタージンガー
・シューマンのピアノ協奏曲
・ブラームス第4番

といったメジャーどころだったこともあり、余りクラシック音楽を聴いたことのない小鴨と行くのにはちょうどいい曲目と思ったわけです。

…こう書くと、僕がなんだかクラシック音楽に造詣が深いと思われてしまうかもしれませんが、そのようなことは口が裂けても言えません。ただ、子供の頃、群馬の高崎に住んでいて、母親が高崎を本拠地とする群馬交響楽団の定期演奏会にたびたび姉と僕とを連れて行っていたこと、その当時のコンサートマスターをされていた先生に縁あってヴァイオリンを習っていたことがあることがあって、クラシック音楽に関しては、何も分かっていないものの、そういったものが比較的身近にある環境に育ったことは間違いありません。たとい、コンサートの最後ではいつも飽きて眠り込んでいたり、練習を全くせずにレッスンのたびにヴァイオリンの先生を怒らせていたとしても(この先生のその後のご活躍を見るにつけ、何ともったいないことをしたものだと思わずにはいられません。)。

閑話休題。

ともあれ、学校の授業でしょっちゅうバービカンの駅は使っているものの、バービカン・センターには今回が初めてのこと。少し遅めにバービカンの駅についた我々は、しっかりとおしゃれした人たちがバービカン・センターに向かって歩いているのを目にしました。僕たちも、10ポンドの席でばっちり決めるのはおかしいけれど、せめてスマートカジュアルといわれる程度の服装をしておいて正解でした。


バービカン・センターの入口


ホワイエに向かう通路


ホワイエでは、既に大勢の人が、演奏会前の軽食を楽しんだりしていました。


10ポンドの客席から舞台を望む(もちろん公演前に、でもちょっとこっそりと撮影)
そもそも幅広な会場ということもあり、とてもゆったりとしていて、この席でも端っこのコントラバス以外は十分にオケを見ることができます。

で、さて、本番。
考えてみれば、このツナイダーさん、ロンドンデビュー公演にこういったプログラムを持ってくるのはとても大胆なことではないでしょうか。だって、有名な曲であるだけに、聴衆もそれなりに耳が肥えているはずだから…。

そして、僕の感想。
マイスタージンガー: ツナイダーさんにとっては、この曲は、自分自身のデビューに対するファンファーレでもあったはず。なので、最初の一振りがどう来るのかとても期待していましたが、意外とあっさりしていたかな。オケ自体も、割とあっさり、というか、僕がワーグナーに対して持っている「おどろおどろしいまでの重厚さ」は余り感じられませんでした。それは、指揮者のせいなのか、オケのせいなのか、ホールの音響/僕の席のせいなのか、それとも僕の耳が悪いのか。

シューマンのピアノ協奏曲:どんな曲か聞く前はピンと来ませんでしたが、ピアノ独奏が始まったとき、「あ、どこかで聴いたことがある」と感じました。それはきっと、子供の頃の記憶なのでしょう。
ともあれ、ピアニストの演奏に結構引き込まれました。でも、指揮自体は楽譜に忠実な感じがして、やや退屈になりかけました。でも、おそらく第2楽章と第3楽章の間なのでしょう(この曲は、これら2つの楽章が事実上つながっています。)、音が徐々にフェードアウトし、一旦完全に休符となった部分には、聴衆全員が確かにそれに引き込まれていきました。そして、その休符を経て新たな曲が始まってからは、不思議と勢いを取り戻して終わりまで持って行きました。これが指揮者の狙いならば、大成功だったと思います。

ブラ4:ツナイダーさんのパッションが一番感じられたのはこの曲でした。オケもこの曲が一番音が飛んでいたように思います。特に第3楽章と第4楽章の間は、普通よりもかなり短い間隔で入っていったのが印象的でした。きっと、第3楽章の緊張感を失うことなく第4楽章に入りたかったのでしょうね。オケも良く応えていたように思います。特に木管系とティンパニが僕にとって印象的でした。

それにしても、ワーグナーで始まりブラームスで終わるとは、有名な曲という側面以外でも興味深いです。だって、この二人、滅茶苦茶不仲だったんでしょ?曲の方向性も(僕にとっては)ぜんぜん違うように感じられるし。
そして、ツナイダーさんの指揮は、決して老獪なものとは言えませんが、僕としてはそれはむしろ好意的に受け止めています。今後彼の世界がどのように広がっていくか楽しみです。

ともあれ、久しぶりに聞いたオーケストラということもあり、とても満足して家に戻ってきたわけです。
そして、まがりなりともこういった音楽の世界に親しみを覚えるような環境を作ってくれた母にも心の中で感謝したのでした。

今日は、腰の手術をして約1か月入院していた母の退院日。

2011年10月30日日曜日

ウィンザー城

今日朝目が覚めると、時計は午前の10時前!
最近なぜか妙に疲れているのですが、それにしても少し寝坊しすぎでした。

で、ちょっとメールチェックしようとパソコンを立ち上げると、パソコンの示す時間はちょうど午前9時。

…あれ??

そうなんです。今年のサマータイム(BST)は夕べの真夜中に終了して、時間はグリニッジ標準時(GMT)に戻っていたのでした。
なんか寝坊したのに1時間得した気分になってしまいました。


それはさておき、昨日は、久しぶりにちょっと郊外に行こうということになり、計画して久しくも何度も立ち消えとなっていたウィンザーに行こうということになりました。
ウィンザーというのは、今のイギリス王家がウィンザー家ということからも分かるように、イギリス王室の居城として現在も使われており、女王は週末の多くを実際ウィンザー城で過ごしているとか。

でも、このウィンザー城、確か1992年かに大火災を起こしてしまい、その再建資金に窮した結果、城の一部公開を行うようになったということで、王室にとっての災難は、我々にとってはありがたい事となってしまったわけで。

さて、このウィンザーに行くには2通りのルートがあるのですが、今回は、多くの人が選ぶであろうパディントン駅から向かうこととしました。
でも、ロンドンの地下鉄は、週末になると工事をやって運休する路線が増加します。そして折り悪く僕らがパディントンに向かう最短ルートの路線は見事に運休していました。で、しゃーないので、乗り換えの回数を1回増やしたわけですが、その乗り換え駅とはBaker Street、つまり、「ベーカー街」です。
で、ベーカー街といえば…!



連絡通路の壁一面、このシルエットで覆い尽くされていました。これはこれでおしゃれですね。

で、パディントンからSlough(スロウ…まあ、イギリス英語なのでむしろスラウと聞こえるわけですが)まで都市間連絡列車で行き、そこからウィンザー行きの支線の2両編成のディーゼルカーに揺られること6分、ウィンザー&イートン・セントラル駅に到着です。パディントンからの総旅行時間は40分弱かな(乗り換え時間込み)。

ロンドンからちょっと離れただけなのに、とてものどかな雰囲気です。でも、さすがに王室とゆかりが深いということもあるのでしょうか、どことなく品があり、観光客相手のショッピングモールなども決してごちゃごちゃしていません。小鴨が「なんか軽井沢みたい」と言ったのは、蓋し至言でしょう。

で、駅を出てしばらく歩くと、すぐに目に飛び込んでくるのがウィンザー城の外郭。


うーん、こんなに近くにあるとは思わなかった…。

で、入場料を支払い(大人16ポンド、学割15ポンド、でも1年間は何度でも再入場可能)、安全検査を通って中に入るわけですが、歴史的には1000年前にまで遡る城ということもあり、決して豪華絢爛というわけではありません。むしろ、「現代まで最良の状態で残っている古城」といったほうが正確なのでしょう。
考えてみれば、イギリス人っていうのは、古い建物を改修しながら使い続ける性質があるので、ウィンザー城などは、まさにそういったイギリス人気質の権化のようなものかもしれませんね。


エントランスから中心部を臨む。
真ん中の大きい建物は、いわば本丸のようなもので、ここは非公開。

で、内装なんですが、これはロイヤル・コレクションの絵画や、それが飾られているもろもろの内装を含めてとても豪華で見事です。ルーベンスやヴァン・ダイクといった名匠たちの絵画が普通に飾られているのは圧倒です。でも、決して必要以上にゴテゴテしていません。そう、どこかの国のように…。


うーん、おフランスのこの宮殿は、確かに見事なのですが、とにかくいろんな意味で凄過ぎて、お腹一杯になってしまいました。そりゃ、一説によれば、そのせいで財政難になって、これがフランス革命につながったくらいなのですから。その一方、ウィンザー城は、その腹八分目感がちょうど心地よいようにも思えました。

なお、ウィンザー城のもろもろの建物の内部は撮影禁止でしたので、興味のある方は是非足をお運びください。見る価値は十二分にあります。

そうそう、ウィンザー城は、もともと(戦争に備えた)城郭として出発していることもあり、立地条件は日本で言う平山城と同じようなものです。ということは、城からの見晴らしはなかなかのもの。加えて季節は秋真っ盛り。色づいた木々がとてもきれいでした。




で、ロンドンに帰ってきて今一度パディントン駅を見返すと、これはこれでなかなか風格のある駅です。今にも蒸気機関車が入ってきそうな感じすらします。これが、ダックが誇っていた大西部鉄道の風格なのでしょうか(パディントン駅は、かつての大西部鉄道のターミナル駅で、いまでもFirst Great Western鉄道のターミナル駅として機能しています。)。

2011年10月22日土曜日

魚醤万歳!

この間、小鴨がタイのグリーンカレー作りに挑戦しました。
これ自身なかなかおいしかったのですが、そこではじめて知ったのが、グリーンカレーのグリーンはコリアンダー由来のものであることと、味付けにナンプラーを入れること!なるほど、あの風味はナンプラーのものだったのか、と驚くやら感動するやら。

実は、僕は結構魚醤好き。
きっかけは、2000年のベトナム旅行でした。
ベトナムでは、ヌックマムという魚醤を多用するわけですが、到着の翌日に食べた朝ごはんのフォー(ライスヌードルですな。)にヌックマムを入れたときに「!!」と感じて、その後は、ヌックマムにドはまりになってしまいました。特にフォーやブン(中部で食べられるライスヌードル)には「これを入れな始まらへん」とばかりに振りかけていました。

もっとも、これまでは、タイ料理やベトナム料理で口にすることはあっても、家の料理で魚醤を使うことはありませんでした。それは、魚醤を使う料理のレパートリーがなかったことにもあったわけですけど。

…でも今回、上記のような事情で買いましたよナンプラー。「イカ印」のナンプラーです。




で、においといえば、日本人好みないい香り。そうだな、スルメのようなにおいかもしれません。
味わいは、というと、塩味もさることながら、旨みがとてもしっかりしているので、言ってみれば、塩+化学調味料の替わりになるのかな、とも思ったり。ともあれ、最近は、食事のたびに、ナンプラーを振りかけてみて、相性を試しています。

そして今日、余った食材でスープを作ろう、ということになり、5月にフィレンツェに行ったときに買った「魚スープの調味料(多分そういうカンジの意味だと思います。)」を使うことにしました。



でも、これ、前回小鴨が使ったときに、あまりうまく使いこなせず、まあ、ありていに言えばあまりおいしくできなかったため、しばらく放置していたんですよ。で、今回は、できるだけレシピに忠実にやってみよう、ということで、袋の裏のレシピを読んだところ(英語も書いてあるのが幸いしました。)、加える材料として、貝・魚・トマトとのご指示が。

ところが、手元にはトマト缶はあるものの、海鮮モノと言えばイカのすり身団子が7個しかなく、あわててタラの切り身を近所のスーパーで買ってきたものの、おそらくそれだけじゃあ味が頼りないんじゃないか、と思いましたし、実際、最初の段階では、トマト缶のトマトの酸味が妙な自己主張をしていました。

そんな時、ナイスアイディアが!


そうだ、魚醤、使おう。


考えてみればイタリア風といえども魚スープです。海鮮を入れるのは、そこから旨みを取り出すことを狙っているはず。それならば、海鮮の旨みがぎっしりのナンプラーを使うのがどこが悪い!

というわけで、味を見ながらナンプラーを足していったのですが、これが思った以上の効果を発揮。
入れた海鮮ものが少ないハンデを見事に補ってくれて、トマトの妙な酸味も程よくなったのには本当に驚きでした。

付け合わせには、少しかりっと焼いたパン。妙な自己満足に浸った夕食でした(現物、写真取るの忘れちゃいました。ごめんなさい。)。

そして、飲み物は、僕がマカオのマカオ料理屋(=ポルトガルと中国の折衷のようなもの)で飲んで以来気に入ったポルトガルの「緑ワイン」(白ワインですが、緑がかった色調なのでこういうようです。)。今回買った「緑ワイン」は、思った以上にフルーティーな味わいでしたが、そこはさすが(テスコが輸入したものとはいえ)ポルトガルもの。海鮮スープとの相性はなかなかのものでした。

ともあれ、魚醤万歳!