というわけで、前記事の続き。
写真が少ないのはごめんなさい。
ウエッジウッド/ロイヤル・ドルトンのアウトレットショップには結局3時間ほどいたようで、店を出ると午後1時40分。さすがにお腹が空いています。
なので、Hanleyに戻って昼飯を食ってどこかのビジター・センターか博物館に行こうと思ったのですが、なんとなーく時間が中途半端となる予想。
横には未だ興奮気味の小鴨…
しゃーない、じゃ、別のアウトレットに行こう、ということになってしまいました。
ここにおいて、今回のストーク・オン・トレント旅行は、完全な買い物ツアーへと変容してしまったのでした。
で、目指すはDenbyというメーカーのアウトレットショップで、ウエッジウッドのアウトレットショップからは、目の前のバス停から、Hanleyとは逆方向のバスで行けるようです。
というわけで、やってきた34Xのバスの運ちゃんに「ここ行きたいねんけど、このバスでええのん?」みたいなことを言ったら、「行けるで、大体2時半頃着くと思うわ」とのことだったので、シングルチケット2ポンド/人を払ってバスに乗り込みます。
そして、予定の時間よりも遅れること約10分、バスの運ちゃんが「ここやで」と言ってくれたバス停で下車。
こんなところ。
…うーん、何もない田舎の住宅街のようなところです。
自分のパッションの赴くままイギリスにやってきた僕も、とうとう、こんな何の観光的要素もない田舎の辻にまでやってきたのでした…。
で、Denbyのアウトレットショップを探したのですが、それらしきものが見当たりません。結局、入った売店にいたお客さんのおばちゃんに教えてもらってやってきたのがイギリスでよくありがちな郊外型ショッピングセンターです。そう、Denbyのアウトレットショップは、ショッピングセンターのテナントの1つに過ぎなかったのです。ウエッジウッドのアウトレットのようなものをイメージしていた僕たちがなかなか見つけられなかったのは無理もありません。
そうそう、Denbyというのは、僕も今回はじめて知ったのですが、日本語のウェブサイトもありましたのでリンク貼っておきます。
http://denby.jp/
うん、風合いとしてはむしろ日本人にも親しみやすい雰囲気です。全体的にやや厚手で、シンプルな雰囲気がウェッジウッドとは異なる風格をかもし出しています。どちらかといえば、日本人受けしやすいかもしれません。
…結局、ここでも各人用のお皿4枚に大皿1枚を買ってしまいました。Imperial Blueというシリーズで、青がとってもきれいです(上記の日本語サイトには上がっていませんが、イギリス本社のサイトには上がってました。)今、日本での価格を見たら、大体その40%~70%引きかな。
ただ、ここでは日本への配送とかVAT還付手続とかは扱っていないということだったので、それからはえっさほっさとハンドキャリーせざるを得ませんでした…。
Denbyを出たのが結局午後4時前。そこから34Xのバスで来た道を戻ってHanleyに帰ってきたのでした。
おなかがすいていた僕たちは、早速パブに入ってパブ飯。僕もエールを飲んでほっとしたのでした。
その後、6時12分発のヴァージンの列車でロンドンへ。ユーストン7時42分着。地下鉄の連絡も絶妙のタイミングで、8時15分には家に着いていました。
ストーク・オン・トレント。
もともと小規模な6つの街が合併してできた、中国で言えばちょうど東ガンのような街。
それでも、陶器のアウトレットの掘り出し物目当てに多くの旅行客を集めているそうな。
そして、我々もone of themになったというわけ。
2012年2月21日火曜日
2012年2月19日日曜日
陶器の郷で(その1)
なんかロンドンに引きこもるのが嫌になった僕が小鴨に「よし、週末どっかでかけよう」と言ったのが先週の火曜日か水曜日。
で、切符をネットで買って土曜日に出かけたのが、イングランドの焼き物の街として名高いストーク・オン・トレントです。
ストーク・オン・トレントは、ロンドンから北に約200キロ。バーミンガムとマンチェスターの間になるのかな。でも、ロンドンからはヴァージン・トレインズのユーストン発マンチェスター・ピカデリー行きインターシティ(都市間連絡列車)でわずか1時間半!ユーストンは、僕たちの住んでいるところから一番近いターミナル駅であることも相まって、なかなかの好アクセスです。切符代は、一人片道29ポンド(3700円くらい?)。まあ、距離を考えたらそんなもんかな、という感じです。もっと早く予約しておけば、もっと安かったかもしれないけど。
で、8時ちょうどにユーストンを出たヴァージンのインターシティは、一路北へ快走します。どこでも寝られる小鴨が早速爆睡モードに入った傍らで、僕は、月曜日の授業の予習のための論文を読み始めます。と、カーブで体がふわっと浮き上がる感覚がしてふわっと元に戻りました。
…そうなんです、この列車、ペンドリーノという、ヨーロッパでポピュラーな振り子式車輌だったのです(振り子式車輌がどんなものか、ってのは、ここでは省略ね。)。うーん、この感覚、昔松山に住んでいた頃宇和島方面に行く時に乗った特急「宇和海」が伊予市の南で海線と別れて内子に向かって爆走を始めた時の感覚に近いなー(←細かすぎやな)、なんて思いつつも、車輌が元気に振り子モードに入っている中で細かい字と格闘すれば簡単に乗り物酔いになってしまう、と思って、論文は少し読んだところでギブアップ。車窓に広がるイングランドの田舎の風景を眺めていたのでした。あと半年もすれば、そういった景色も自由に見ることもなくなると思えば、少しでもそれを目に焼き付けたくって。
ペンドリーノの車内。乗車率はそんなに高くありませんでした。でも、なかなか快適な道中でしたよ。この写真の奥に、薄緑(薄青?)の服を着ている男性が写っているけど、この人は、どうもBBCのある歴史ドキュメンタリー番組で司会をやっている人らしいです(小鴨曰く)。ともあれ、この男性、同行の何人かと書類を見るなどして車内でも仕事に余念がない模様でした。
で、たどり着いたストーク・オン・トレント駅です!
駅名標。ストラトフォード・アポン・エイヴォンしかり、こんな地名になっているのは、ストークやらストラトフォードという地名がイギリスにはたくさんあるからで、「○○川のほとりの××」てな具合の地名をつける必要が生ずるわけですな。そういう意味ではon以下は、日本で旧国名を冠するようなものですね(大和高田とか、河内長野とか。)。
駅を後にするヴァージンのペンドリーノ。10両位の編成だったかな?これは、電車でした。
…と、隣のホームに、ローカル列車が入線。それが何と1両だけ!それもディーゼルカー。こんな長いホームがもったいないよ、と思ったら…!
こちらのホームにも同じように単行ディーゼルカーのクルー行きが入ってきました。まあ、こんな風景、山形とか秋田ならばそんなに珍しくもないのかもしれませんが、新幹線と在来線が同居するような不思議な感覚を覚えたのでした。
===
…で、僕らがこの街にやってきたのは、ここがウエッジウッドなどのイングランド有数の窯元のビジター・センターに行くという目的に加え、いくつかある陶器のアウトレットショップが格安だという噂を聞いたからでした。
で、まずは情報収集ということで、この市の中心に当たるHanleyという場所までバスで移動((地球の歩き方で「ヘンリー」と書いていたので、この場所がHenryだとすっかり勘違いした僕は、バスの運ちゃんに「Henryまで」と言ったら全く分かってもらえませんでした。City Centreといってようやくわかってもらった次第。やっぱり日本語に依存しすぎるのはあきまへんな。)。そこのツーリストインフォメーションセンターでヴィジターセンターやアウトレットショップのリストをゲット。で、時間とアクセスの都合からまずはウェッジウッド&ロイヤル・ドルトンのアウトレットショップに行ってみようということになりました。
このアウトレットショップまでは、Hanleyのバスターミナルから34又は34Aのバス(乗り場はナショナル・エクスプレスのコーチ乗り場に近い方でちょっと分かりにくいかも。)で約10分。片道2ポンド/人、往復3ポンド/人です。
ともあれやって来ましたアウトレットショップ。プレハブの外観は、いかにもアウトレットショップ!
中では、かの有名ブランドの焼き物が余り高級感なく(?)並んでいます。ま、倉庫のような感じではありませんが、それでもデパートで見る感じとは明らかに違います。
肝心の価格なのですが、ネットでの情報では、ウェッジウッドの事実上の破綻以来値引率は悪くなっているという話もあったのですが、それでも探せば格安のものが見つかります。例えば、ワイルドストロベリーのマグが5ポンドとか。お皿もそれほど手の込んだ絵付けがないシリーズならば、1枚2.5ポンドとかで売られています。ウェッジウッドのマークが入っていない真っ白のカップ(でも、その形は紛れもなくウェッジウッドそのもの!)に至っては、1.5ポンドです(もっとも、ソーサーをあわせれば更に1.5ポンドかかっちゃうけど、それでも3ポンドとはお得じゃないですか?)。
実は僕らは、上海時代に結婚しているので、日本には「自分たちの食器類」というのが全くありません(僕が独身時代に個人で集めた酒器の充実度はそれなりですが。)。上海でも、基本的には借りた部屋に備え付けの食器を使っていたし。
というわけで、いずれにせよ今年日本に戻れば食器を買わなければならないわけで、それならばある程度はここで買ってしまおう、というのが今回のアウトレットショップ来訪の目的でした。訳あり品なので、多少傷があったりしますが、それでも実用には何らの支障もないものばかり!何気に使っているのがウェッジウッド、なんてのもちょっとおしゃれじゃないかな(それもアウトレット品など、イギリスで「しか」買えない代物じゃないですか!)と思った次第。
…というわけで、結局ああだこうだと悩んだ挙句、これだけのものを買ったのでした。
・皿・・・大小合わせて14枚(うち4枚はやや高級で約16ポンド/枚ですが、それ以外は2.5ポンド/枚)
・カップ&ソーサー…デミタス、ティー、コーヒーを2セットずつ合計6セット
・ティーポット
これで日本への送料(約35ポンドくらい)を含めて、合計150ポンドほど。日本円で17000円弱かな。ウェッジウッドであることを考えれば、かなり安いと思いませんか?ちなみに、付加価値税の還付手続もちゃんとやってくれますので、なかなか利用価値が高いです。
で、何をどのくらい買うかいろいろ悩んでしまったので、来月渡英予定の我が母親に電話でアドバイスを求めたりしたのですが、話しているうちに、母親の口から、「次に来たときには云々」との話が!
実は、母親も結構陶器屋を見て回るのが好きな人。そのおかげで今、実家には食器があふれ返っているのはご愛嬌。で、僕もその遺伝子を受け継いで陶器好きだし、折り悪く(?)小鴨も陶器が好きなのです。そういうこともあり、また、僕が久しぶりに財布の紐を緩めて買い込んだこともあり、小鴨は興奮状態でした。
そして・・・
そして・・・
(続く)
2011年8月7日日曜日
学問の都にて
C嬢滞在中の先週日曜日、みんなでこれまで行ったことのない場所に行こう、ということになり、選んだ場所はケンブリッジ。いわずと知れた「学問の都」ですね。
ロンドンからケンブリッジまでは、最速で45分という列車があるようなのですが、日曜日には都合の良い時間にそのような列車はなく、結局、リバプール・ストリート駅発の郊外電車の延長のような列車で1時間20分ほど揺られたのでした。まあ、ちょうど、上野から高崎にいくような感覚かもしれませんね。
ケンブリッジ大学に限らず、イギリスの少なからぬ大学は、日本の大学を引き合いに出して考えるとそのシステムはいまいちピンとこないものがありますが、まあ、それぞれが日本の大学の規模を有するカレッジの集合体としてのユニバーシティがあり、「ケンブリッジ大学」とは、あくまで「ユニバーシティ」を指すわけですね。というわけで、ケンブリッジにはいくつものカレッジがあり、それがいずれもどっしりとした歴史を持って我々を迎えてくれます。
セント・ジョーンズカレッジ。
うーん、重厚感たっぷり。
で、このカレッジで有名なものといえば、このケム川にかかる「ため息橋」。
でも、このため息橋、別に道ならぬ恋に悩む学生がため息をついたとかいうロマンティックなものではなく、ただ、学生が試験を受けるために寮(写真左手)から学校(同右手)に行くときの「あ~いややなぁ~受けたくないなぁ~」という気持ちを表現したものとのこと。この俗っぽさがまたよし。
この日は、ニュートンやホーキングもいる(いた)というトリニティ・カレッジは対外開放されていませんでしたが、もう一つの有名なカレッジであるキングズ・カレッジにも足を運びました。
カレッジの中の教会。いや、とにかく立派でした。
で、こちらが校舎。とにかくこちらも重厚感あふれて、アカデミックなにおいがぷんぷんです。
ケンブリッジといえば、ケム川を小船(パント)で下るというのがハイライトの1つ、ということでしたので、乗ってみましたよ。川から見る各カレッジの風景もまた一興。
上で紹介した「ため息橋」を川から見たところ。船は、この写真にあるように、漕ぎ手が棒を川底に突きながら進めてゆきます。
この写真では分かりませんが、僕たちの船の漕ぎ手は20代前半の元気のいい女の子。もしかしたら大学生のアルバイトなのかもしれません。
この建物などは、中世以来のもののようです。左側の建物の窓が小さいのは、窓の大きさによって税額が決まる「窓税」というのが当時あって、それを極力逃れるためなんだそうです。
でも、この日は、日曜日ということもあり、ケム川は観光客を乗せた船で一杯!船同士がごんごんぶつかるのはしょっちゅうです。特に、観光客が自分で漕ぐタイプの小船は、漕ぎ方が下手なせいであらぬ方向に進んだり、川の流れに対して直角になったりと、渋滞を一層激しくする要因になっていました。
他の多くのイギリスの川と同じく、ケム川にもたくさんの小鴨の親戚が!
船に乗ると、それこそ水鳥たちと同じような目線で風景を見ることができるのが新鮮です。
街には、こんな人も。
いや、パフォーマンスとしては十分人目を引くので「あり」なのでしょうが、臭くないかなぁ、ゴミ箱の中。
まあ、こうやってケンブリッジを1日楽しんだわけです。
で、僕は、これから大学に通うということもあり、この学問の薫り高きこの街がとても魅力的に思いました。ここにいれば、きっと歴史の重みの中で学問に打ち込むことができるんだろうな、って。
…でも、これまで社会の中で実務家としてやってきた立場としては、このように「学問的に純化」することについてどことなく抵抗を感じちゃうんですよね、正直なところ。というのも、僕がこれまでに扱ってきたもの(そしてこれから勉強をしようとするもの)は、常に社会のダイナミズムに左右されるものということもあり、自分自身がそういった空気を常に肌で感じていなければ、たとえすばらしい教授がいようとも自分の身につかないのではないか、と思うから。逆に言えば仮に僕がもっと別の分野(うーん、例えば文学とか?)ならば、こういった学問の都でじっくり腰を据えるってのは、十分ありだと思うんです。
まあ、そういうこともあり、また、僕の行く大学の近くあたりをふらふらしながら、今の僕にとっては、ロンドンで学ぶ、ってのは、いい選択だったのかな、と改めて(自己満足ながら)思ったのでした。
…生活費は格段に高いけど(T_T)
ロンドンからケンブリッジまでは、最速で45分という列車があるようなのですが、日曜日には都合の良い時間にそのような列車はなく、結局、リバプール・ストリート駅発の郊外電車の延長のような列車で1時間20分ほど揺られたのでした。まあ、ちょうど、上野から高崎にいくような感覚かもしれませんね。
ケンブリッジ大学に限らず、イギリスの少なからぬ大学は、日本の大学を引き合いに出して考えるとそのシステムはいまいちピンとこないものがありますが、まあ、それぞれが日本の大学の規模を有するカレッジの集合体としてのユニバーシティがあり、「ケンブリッジ大学」とは、あくまで「ユニバーシティ」を指すわけですね。というわけで、ケンブリッジにはいくつものカレッジがあり、それがいずれもどっしりとした歴史を持って我々を迎えてくれます。
セント・ジョーンズカレッジ。
うーん、重厚感たっぷり。
で、このカレッジで有名なものといえば、このケム川にかかる「ため息橋」。
でも、このため息橋、別に道ならぬ恋に悩む学生がため息をついたとかいうロマンティックなものではなく、ただ、学生が試験を受けるために寮(写真左手)から学校(同右手)に行くときの「あ~いややなぁ~受けたくないなぁ~」という気持ちを表現したものとのこと。この俗っぽさがまたよし。
この日は、ニュートンやホーキングもいる(いた)というトリニティ・カレッジは対外開放されていませんでしたが、もう一つの有名なカレッジであるキングズ・カレッジにも足を運びました。
カレッジの中の教会。いや、とにかく立派でした。
で、こちらが校舎。とにかくこちらも重厚感あふれて、アカデミックなにおいがぷんぷんです。
ケンブリッジといえば、ケム川を小船(パント)で下るというのがハイライトの1つ、ということでしたので、乗ってみましたよ。川から見る各カレッジの風景もまた一興。
上で紹介した「ため息橋」を川から見たところ。船は、この写真にあるように、漕ぎ手が棒を川底に突きながら進めてゆきます。
この写真では分かりませんが、僕たちの船の漕ぎ手は20代前半の元気のいい女の子。もしかしたら大学生のアルバイトなのかもしれません。
この建物などは、中世以来のもののようです。左側の建物の窓が小さいのは、窓の大きさによって税額が決まる「窓税」というのが当時あって、それを極力逃れるためなんだそうです。
でも、この日は、日曜日ということもあり、ケム川は観光客を乗せた船で一杯!船同士がごんごんぶつかるのはしょっちゅうです。特に、観光客が自分で漕ぐタイプの小船は、漕ぎ方が下手なせいであらぬ方向に進んだり、川の流れに対して直角になったりと、渋滞を一層激しくする要因になっていました。
他の多くのイギリスの川と同じく、ケム川にもたくさんの小鴨の親戚が!
船に乗ると、それこそ水鳥たちと同じような目線で風景を見ることができるのが新鮮です。
街には、こんな人も。
いや、パフォーマンスとしては十分人目を引くので「あり」なのでしょうが、臭くないかなぁ、ゴミ箱の中。
まあ、こうやってケンブリッジを1日楽しんだわけです。
で、僕は、これから大学に通うということもあり、この学問の薫り高きこの街がとても魅力的に思いました。ここにいれば、きっと歴史の重みの中で学問に打ち込むことができるんだろうな、って。
…でも、これまで社会の中で実務家としてやってきた立場としては、このように「学問的に純化」することについてどことなく抵抗を感じちゃうんですよね、正直なところ。というのも、僕がこれまでに扱ってきたもの(そしてこれから勉強をしようとするもの)は、常に社会のダイナミズムに左右されるものということもあり、自分自身がそういった空気を常に肌で感じていなければ、たとえすばらしい教授がいようとも自分の身につかないのではないか、と思うから。逆に言えば仮に僕がもっと別の分野(うーん、例えば文学とか?)ならば、こういった学問の都でじっくり腰を据えるってのは、十分ありだと思うんです。
まあ、そういうこともあり、また、僕の行く大学の近くあたりをふらふらしながら、今の僕にとっては、ロンドンで学ぶ、ってのは、いい選択だったのかな、と改めて(自己満足ながら)思ったのでした。
…生活費は格段に高いけど(T_T)
2011年5月29日日曜日
南海岸鉄道横断
イギリスは、この週末はまたもやBank Holydayということで、月曜日を含めた三連休です。
Bank Holydayというのは、ご存知の方もいると思いますが、まあ、祝日のようなものです。でも、もともとの意味は、文字どおり「銀行が休みとなる日」であって、「銀行が休み」⇒「経済活動ができない」⇒「よってみんなも休まざるを得ない」⇒「休日」といった連想ゲームの世界と聞いたことがあります。日本が祝日がやたら多い理由が「日本人は自分から休日を申請することをはばかる性質のため、国が強制的に休ませる」ことにあるという、嘘か本当か分からない話を聞いたことがありますが、休日に関する日英の労働者の感覚の違い、みたいのが感じられるような気がしませんか?
さて、そんな前置きはさておき、三連休に家に引きこもっているのもなんだか芸がない、ということで、どこか日帰り旅行をしようということにしたのですが、この間ヨーロッパ大陸旅行を敢行した身としては、ややおサイフの紐も締めたいところ。ということで、「地球の歩き方」をパラパラめくりつつ、鉄道会社のHPで安いチケットが出ているところがないかを探していたところ、ライ(Rye)という街まで往復一人20ポンドという、なかなかお値打ち感のあるチケットを発見、ここに行こうということを金曜日の夜に決定したのでした。
でも、ライまでの道のりは、乗り換え2回で合計4時間以上!場所としては、サセックス州ということで、ロンドンから真南のブライトンのまだまだ東。どちらかといえばドーヴァーに近い場所になります。なので、今日は思い切り早起きをして、朝の7時前の列車に乗り込んだのです。
ボーンマスから1回目の乗り換えのサザンプトンまでのオペレーターは、僕らも割となじみのあるSouthwestという鉄道なのですが、それから先は、Southという別の鉄道会社。この列車がかつて紹介したウェールズの大西部鉄道と同様、3両とか2両とかの短編成で、かつ、もううんざりするくらいたくさんの駅に止まります(要は、急行サービスがなく、各駅停車しか走っていないということですね。)。これじゃあ時間もかかるわけです。少し離れたところに座っていたイギリス人も、サザンプトンからブライトンまでの1時間40分ほどの行程のだいぶ後になって、「え~、まだあと6駅もあるの」などとぼやいていましたから、イギリス人にとっても実際うんざりな運行なのでしょう。
で、Southの列車は、相変わらずの汚さ。小鴨はトイレに行ってそのあまりの汚さにショックを受けていました。イギリスって、一見ちゃんとしているようで結構ちゃんとしていないことが多いのですが、鉄道の汚さはなかなかのものです(かつ、それをイギリス人たちが自虐ネタにしつつも一向に改善がなされないこともまたイギリスらしいところです。)。
座席も汚れっぱなし。手前の座席の正体不明な白いカピカピしたものは一体何なんだ!?
これでも、終着駅では、掃除のおばちゃんがごみを片付けてるんですよね。ちなみにその袋はごみで一杯になることは言うまでもありません。
車内。これは帰りの列車ですが、行きもこれと同様、サザンプトン―ブライトン間の座席はガラガラでした。で、時々おっさんやガキんちょが酒盛りをしていました。
まあ、4時間かけてライについたのですが、ライは、思った以上に小さな町でした。うん。確かに中世の面影を残す小石で舗装された道や小さい路地など、なかなか魅力的な町ではありましたが、2、3時間あれば基本アイテムは一通り見尽くせるほどの小ささです。加えて、今日は風がものすごく強くて肌寒く、なかなか観光に集中できなかったことも事実。
でも、普通の家々に至るまで、かわいらしく小物を置いてみたり、生垣を工夫しているなどしている点はとても興味深く、そういった意味でもイギリスらしい場所なのかもしれません。たとえば、こんな風に。
こう見ると、イギリスの植物を使ったデコレーションの必須アイテムは、バラのようにも思えますね。ただ、例えば我が実家のような典型的郊外型和洋折衷の一軒家には、しっくり来にくいんじゃいなかなぁ。それに、バラは虫がつきやすくて手間がかかるというし。
で、次の写真が、ライでは一番有名だという、マーメイド通りです。余り写真ではぴんと来ないかもしれませんが、道の両脇には瀟洒なホテルがあったりして、地味は地味ですが建物自体の魅力は無視できません。
で、一通り観光を終えた僕たちは、まだまだ帰りの列車までだいぶ時間があったので、ツーリストインフォメーションセンターで紹介された、ウィンチェルシーという近隣の村にいってみようということにし、バスがなかなか来ないこともあって、タクシーで訪れたのでした(チップ込みで7.5ポンドだったので、まあ許容範囲でしょう。)。
でも、このウィンチェルシー村、確かに観光地化されていない素朴な村なのですが、逆に言えばただそれだけ。加えて高台にあるので、強い海からの風がまともに吹きつけてきます。で、小鴨が寒くて耐えられないと言い出したために、ちょうどやってきたバスに乗ってライに戻ったのでした。よって、ウィンチェルシー滞在時間はおよそ10分。まあ、どこかの入場料のかかる建物に入ったと思えばよいか?
(なお、小鴨は、過日のヨーロッパ旅行で1500枚以上写真を撮ったこともあり、写真を撮る行為自体にやや食傷気味。今回は、30枚ほどしか撮っていないようです。)
その後、ライに戻った僕らは食事をしたり、店を冷やかしたりしたのですが、それでも時間が余って、結局予定より1時間早い列車で帰りました。
でも、この列車、ブライトン―サザンプトン間で、行きよりも停車駅が多く、結局この区間で2時間半かかりました。なので、帰りは、結局4時間半かかってしまったのでした。
で、今日の時間配分一覧。
・移動(ボーンマス―サザンプトン―ブライトン―ライ):9時間弱
・ライ滞在:5時間強
・ウィンチェルシー滞在:約30分(往復の移動を含む!)
…うーん、こう考えると、今日の最大のアトラクションは実は鉄道だったってこと?
9時間で一人20ポンドならば、なかなかお得なアトラクションだったのかな?うん、そういうことにしましょう。
Bank Holydayというのは、ご存知の方もいると思いますが、まあ、祝日のようなものです。でも、もともとの意味は、文字どおり「銀行が休みとなる日」であって、「銀行が休み」⇒「経済活動ができない」⇒「よってみんなも休まざるを得ない」⇒「休日」といった連想ゲームの世界と聞いたことがあります。日本が祝日がやたら多い理由が「日本人は自分から休日を申請することをはばかる性質のため、国が強制的に休ませる」ことにあるという、嘘か本当か分からない話を聞いたことがありますが、休日に関する日英の労働者の感覚の違い、みたいのが感じられるような気がしませんか?
さて、そんな前置きはさておき、三連休に家に引きこもっているのもなんだか芸がない、ということで、どこか日帰り旅行をしようということにしたのですが、この間ヨーロッパ大陸旅行を敢行した身としては、ややおサイフの紐も締めたいところ。ということで、「地球の歩き方」をパラパラめくりつつ、鉄道会社のHPで安いチケットが出ているところがないかを探していたところ、ライ(Rye)という街まで往復一人20ポンドという、なかなかお値打ち感のあるチケットを発見、ここに行こうということを金曜日の夜に決定したのでした。
でも、ライまでの道のりは、乗り換え2回で合計4時間以上!場所としては、サセックス州ということで、ロンドンから真南のブライトンのまだまだ東。どちらかといえばドーヴァーに近い場所になります。なので、今日は思い切り早起きをして、朝の7時前の列車に乗り込んだのです。
ボーンマスから1回目の乗り換えのサザンプトンまでのオペレーターは、僕らも割となじみのあるSouthwestという鉄道なのですが、それから先は、Southという別の鉄道会社。この列車がかつて紹介したウェールズの大西部鉄道と同様、3両とか2両とかの短編成で、かつ、もううんざりするくらいたくさんの駅に止まります(要は、急行サービスがなく、各駅停車しか走っていないということですね。)。これじゃあ時間もかかるわけです。少し離れたところに座っていたイギリス人も、サザンプトンからブライトンまでの1時間40分ほどの行程のだいぶ後になって、「え~、まだあと6駅もあるの」などとぼやいていましたから、イギリス人にとっても実際うんざりな運行なのでしょう。
で、Southの列車は、相変わらずの汚さ。小鴨はトイレに行ってそのあまりの汚さにショックを受けていました。イギリスって、一見ちゃんとしているようで結構ちゃんとしていないことが多いのですが、鉄道の汚さはなかなかのものです(かつ、それをイギリス人たちが自虐ネタにしつつも一向に改善がなされないこともまたイギリスらしいところです。)。
座席も汚れっぱなし。手前の座席の正体不明な白いカピカピしたものは一体何なんだ!?
これでも、終着駅では、掃除のおばちゃんがごみを片付けてるんですよね。ちなみにその袋はごみで一杯になることは言うまでもありません。
車内。これは帰りの列車ですが、行きもこれと同様、サザンプトン―ブライトン間の座席はガラガラでした。で、時々おっさんやガキんちょが酒盛りをしていました。
まあ、4時間かけてライについたのですが、ライは、思った以上に小さな町でした。うん。確かに中世の面影を残す小石で舗装された道や小さい路地など、なかなか魅力的な町ではありましたが、2、3時間あれば基本アイテムは一通り見尽くせるほどの小ささです。加えて、今日は風がものすごく強くて肌寒く、なかなか観光に集中できなかったことも事実。
でも、普通の家々に至るまで、かわいらしく小物を置いてみたり、生垣を工夫しているなどしている点はとても興味深く、そういった意味でもイギリスらしい場所なのかもしれません。たとえば、こんな風に。
こう見ると、イギリスの植物を使ったデコレーションの必須アイテムは、バラのようにも思えますね。ただ、例えば我が実家のような典型的郊外型和洋折衷の一軒家には、しっくり来にくいんじゃいなかなぁ。それに、バラは虫がつきやすくて手間がかかるというし。
で、次の写真が、ライでは一番有名だという、マーメイド通りです。余り写真ではぴんと来ないかもしれませんが、道の両脇には瀟洒なホテルがあったりして、地味は地味ですが建物自体の魅力は無視できません。
で、一通り観光を終えた僕たちは、まだまだ帰りの列車までだいぶ時間があったので、ツーリストインフォメーションセンターで紹介された、ウィンチェルシーという近隣の村にいってみようということにし、バスがなかなか来ないこともあって、タクシーで訪れたのでした(チップ込みで7.5ポンドだったので、まあ許容範囲でしょう。)。
でも、このウィンチェルシー村、確かに観光地化されていない素朴な村なのですが、逆に言えばただそれだけ。加えて高台にあるので、強い海からの風がまともに吹きつけてきます。で、小鴨が寒くて耐えられないと言い出したために、ちょうどやってきたバスに乗ってライに戻ったのでした。よって、ウィンチェルシー滞在時間はおよそ10分。まあ、どこかの入場料のかかる建物に入ったと思えばよいか?
(なお、小鴨は、過日のヨーロッパ旅行で1500枚以上写真を撮ったこともあり、写真を撮る行為自体にやや食傷気味。今回は、30枚ほどしか撮っていないようです。)
その後、ライに戻った僕らは食事をしたり、店を冷やかしたりしたのですが、それでも時間が余って、結局予定より1時間早い列車で帰りました。
でも、この列車、ブライトン―サザンプトン間で、行きよりも停車駅が多く、結局この区間で2時間半かかりました。なので、帰りは、結局4時間半かかってしまったのでした。
で、今日の時間配分一覧。
・移動(ボーンマス―サザンプトン―ブライトン―ライ):9時間弱
・ライ滞在:5時間強
・ウィンチェルシー滞在:約30分(往復の移動を含む!)
…うーん、こう考えると、今日の最大のアトラクションは実は鉄道だったってこと?
9時間で一人20ポンドならば、なかなかお得なアトラクションだったのかな?うん、そういうことにしましょう。
2011年4月28日木曜日
ウェールズの陶器(ウェールズ旅行その3)
こちらはまだ28日。ロイヤル・ウェディングの前夜です。
ここボーンマスでは、それほどたいした盛り上がりがあるわけではありませんが、それでも、今日はなにか空気がざわざわしているような、そんな感じです。
テレビも、改めてよく見れば、結婚ネタを色々流しています。
通っている語学学校の生徒も、少なからずロンドンに出かけたようです。でも、僕らは明日は学校に行き、11時からはおそらく食堂でロイヤル・ウェディングを見ることになるのでしょう。
そういったウェディングムード一色の中、とりあえずカーディフ旅行記をまとめておきたいと思います。
***
最終日にカーディフ城の見学を終えた僕たちは、国立美術館に行きました。イギリスの国立美術館は、例えば大英博物館もそうなのですが、無料なのがうれしいところ。とはいいつつ、別に美術館めぐりにはまっているわけでもない僕たちとしては、まあ、帰りの列車までの時間つなぎ的な気持ち半分で訪れたのでした。
これは、美術館の隣の言ってみれば市役所。このあたりは官庁街で、カーディフ大学もあります。建築様式についてはずぶの素人ですが、これは、エドワード朝時代の様式だとのことです。美術館の外観、画像加工するのを忘れたのでごめんなさい。でも、こんな感じの建物だと思っていただければ幸いです。
で、実際に入ってみて、2階から見学を始めたのですが、これが結構見ごたえがあり、とても充実した時間を過ごすことができました。絵画については、ルネサンス期から印象派、後期印象派(このあたりの絵の充実度の高さが意外でした。)、そして現代アートまで一通りを全て概観できるようになっています。
でも、僕のツボにはまったのは、ウェールズの陶磁器のコーナー。世界広しといえどもウェールズ陶器のコレクションの充実度はここを差し置いてほかにはないんじゃないか、と思います。
ただ、ウェールズの陶磁器は、そんなに高級感あふれるものばかりというわけではなく、むしろ庶民の使う食器の流れなのかな、というのが正直なところ。でもそれを逆に言えば、妙な親しみを感じるわけで。なので、上海の博物館で景徳鎮コレクションを見たときとはまた違った意味の刺激を受けました。うん、柳宗悦はやっぱり正しいな、とか偉そうなことを考えてみたり。
いや、絵付けのデザインなどは、ここかしこで突っ込みどころ満載のものが少なくなかったのですが、僕の心をびんびん刺激したのは、次の2つです!
ちょっと見難いかな?これ、アジアをイメージした絵付けとの由。東南アジアを思わせるヤシの木々などの熱帯植物っぽいものの中にたたずむ中国風の建物。かつ、それらが中途半端なチープさで描かれているのが魅力です。ほんとにほしいと思いましたよ、これ。
まあ、でも、ウェールズの人々にとってはアジアは遠い世界だから、(彼らの想像による)アジアっぽいものがごちゃ混ぜになっていてもそれはそれでむべなるかな、といったところです。
でもねぇ…
ここまで来ると、突っ込む気力もなくなっちゃいます。
言うまでもなく、これはエデンの園の情景。どっちがアダムでどっちがイブかも僕にはよくわかりません。
うーん、自分たちの宗教の基本なんだから、せめてこの二人くらいはもっとまともに描いてあげなよ、と思ってしまう僕は、芸術の心か遊び心のいずれかが欠けているのでしょうか?
こんな感じで巡っていたら、2階を見終わるだけでも2時間以上かかってしまい、1階を見る余裕がなくなってしまいました。ちなみに1階には恐竜の化石などがあるとか。子供連れには絶好の場所かもしれませんね。
ともあれ、この美術館、かなりおススメです。
その後、食事をし、置いてあった荷物を例のB&Bまで取りにいくなどして、ボーンマスへの帰宅の途につきました。帰りの列車は、やっぱり外見は汚いのですが、中は行きの列車と比べてはるかにきれいな3両編成。イーストレイまでのんびりと過ごし、その後バスに乗り換えてボーンマスに帰りました。
ウェールズ旅行、これにて一件落着!
ここボーンマスでは、それほどたいした盛り上がりがあるわけではありませんが、それでも、今日はなにか空気がざわざわしているような、そんな感じです。
テレビも、改めてよく見れば、結婚ネタを色々流しています。
通っている語学学校の生徒も、少なからずロンドンに出かけたようです。でも、僕らは明日は学校に行き、11時からはおそらく食堂でロイヤル・ウェディングを見ることになるのでしょう。
そういったウェディングムード一色の中、とりあえずカーディフ旅行記をまとめておきたいと思います。
***
最終日にカーディフ城の見学を終えた僕たちは、国立美術館に行きました。イギリスの国立美術館は、例えば大英博物館もそうなのですが、無料なのがうれしいところ。とはいいつつ、別に美術館めぐりにはまっているわけでもない僕たちとしては、まあ、帰りの列車までの時間つなぎ的な気持ち半分で訪れたのでした。
これは、美術館の隣の言ってみれば市役所。このあたりは官庁街で、カーディフ大学もあります。建築様式についてはずぶの素人ですが、これは、エドワード朝時代の様式だとのことです。美術館の外観、画像加工するのを忘れたのでごめんなさい。でも、こんな感じの建物だと思っていただければ幸いです。
で、実際に入ってみて、2階から見学を始めたのですが、これが結構見ごたえがあり、とても充実した時間を過ごすことができました。絵画については、ルネサンス期から印象派、後期印象派(このあたりの絵の充実度の高さが意外でした。)、そして現代アートまで一通りを全て概観できるようになっています。
でも、僕のツボにはまったのは、ウェールズの陶磁器のコーナー。世界広しといえどもウェールズ陶器のコレクションの充実度はここを差し置いてほかにはないんじゃないか、と思います。
ただ、ウェールズの陶磁器は、そんなに高級感あふれるものばかりというわけではなく、むしろ庶民の使う食器の流れなのかな、というのが正直なところ。でもそれを逆に言えば、妙な親しみを感じるわけで。なので、上海の博物館で景徳鎮コレクションを見たときとはまた違った意味の刺激を受けました。うん、柳宗悦はやっぱり正しいな、とか偉そうなことを考えてみたり。
いや、絵付けのデザインなどは、ここかしこで突っ込みどころ満載のものが少なくなかったのですが、僕の心をびんびん刺激したのは、次の2つです!
ちょっと見難いかな?これ、アジアをイメージした絵付けとの由。東南アジアを思わせるヤシの木々などの熱帯植物っぽいものの中にたたずむ中国風の建物。かつ、それらが中途半端なチープさで描かれているのが魅力です。ほんとにほしいと思いましたよ、これ。
まあ、でも、ウェールズの人々にとってはアジアは遠い世界だから、(彼らの想像による)アジアっぽいものがごちゃ混ぜになっていてもそれはそれでむべなるかな、といったところです。
でもねぇ…
ここまで来ると、突っ込む気力もなくなっちゃいます。
言うまでもなく、これはエデンの園の情景。どっちがアダムでどっちがイブかも僕にはよくわかりません。
うーん、自分たちの宗教の基本なんだから、せめてこの二人くらいはもっとまともに描いてあげなよ、と思ってしまう僕は、芸術の心か遊び心のいずれかが欠けているのでしょうか?
こんな感じで巡っていたら、2階を見終わるだけでも2時間以上かかってしまい、1階を見る余裕がなくなってしまいました。ちなみに1階には恐竜の化石などがあるとか。子供連れには絶好の場所かもしれませんね。
ともあれ、この美術館、かなりおススメです。
その後、食事をし、置いてあった荷物を例のB&Bまで取りにいくなどして、ボーンマスへの帰宅の途につきました。帰りの列車は、やっぱり外見は汚いのですが、中は行きの列車と比べてはるかにきれいな3両編成。イーストレイまでのんびりと過ごし、その後バスに乗り換えてボーンマスに帰りました。
ウェールズ旅行、これにて一件落着!
2011年4月27日水曜日
お城めぐりにゲイの宿(ウェールズ旅行その2)
今回は、ホテル予約サイトでものすごい評判が良かったB&Bに投宿しました。
ここの一番の特徴は、ゲイカップルが経営しているということかもしれません。
僕自身、正面からカミングアウトしている人とは初めて接する(後から聞いてゲイらしい、という人は複数知っておりますが)ので、何かこう、偏見ではないけれども緊張感がなかったといえば嘘になります。でも、実際に話をしていると、別に何てこともありませんでした(まあ、一人は話し方が少し女性っぽかった気もしないわけでもありませんが。)。
宿屋の仕事と個人のセクシュアリティとは全く関係ない、という当たり前の事実を再認識した次第です。
で、二人とも非常に親切で、かつ、朝食が見事!まあ、予約サイトほどには高い評価はありませんが、前回ロンドンのB&Bでインド系経営者の横柄な態度とひどいサービスに苦しめられた分、僕個人としてはかなり満足しました。
まあ、宿の話はこれまでにして。
ウェールズは、中世の名残が色濃く残る場所が多いことで有名ですが、カーディフ自体は既にかなり現代化されたとてもきれいな街です。街自体がコンパクトにまとまっていて、その割には立派なショッピングモールがでーんと構えているなど、ボーンマスよりも使いやすい街だな、というのが小鴨と僕の共通の結論。
そして、一歩郊外に足を向ければ、中世風に再建された城を含めてそれなりに見ごたえがある城が点在しています。今回は、時間の関係でカーディフからバスで簡単に行ける場所をピックアップしました。
まずは、カステル・コッホ(Castell Coch)。
諸事情により近くに行くバスに乗り遅れた僕たちは、鉄道に乗って(相変わらずの2両編成ディーゼルカー)最寄り駅で降りました。
カーディフで入手したリーフレットでは、そこから2.5kmということでしたが、道が分かりません。で、ちょうど犬を散歩していた夫婦(?)に聞いたところ、「この先のラウンドアバウト(ロータリー)を左に曲がったpath(小道)を上がっていけば、『眠れる森の美女』のようにそびえる城が見えてくるよ」とのことでしたので、文句なくpathへと足を運びます。思いがけずも英国のフットパスを経験することとなり、新緑と咲きこぼれる花々が美しい春の山道を上っていったのでした。こんな具合に。
そして…
森の中に急に(かつ無機質な面持ちで)現れたタワーは、ちょっと不気味にすら感じました。
近づくと、こんな感じ。僕らは裏から入ってきたのでした。ついでにだいぶ近道したようです。
で、正面は、こんな感じ。
ものすごく中世っぽい感じがしませんか?この城自体は、廃墟となっていた中世の城をベースに19世紀に再建したものですが、中の部屋はどれもこれもとても美しく、本当に見ごたえがありました。
で、次は、バスを乗り継いでケーフィリー城です。
今度の城は、既に廃墟となった城ですが、周囲を堀に囲まれ、とても美しいたたずまいです。
で、これらの郊外の城をめぐった翌日、市内の最大のランドスケープであるカーディフ城に。
ガイドブックでは1時間そこそこでOKのようにかかれてましたが、あにはからんや、じっくり音声ガイド(日本語も中国語もあるので便利です。)を聞きながらだと2時間は余裕でかかってしまいます。
正面。右の城壁の下のほう、赤いレンガの下部は、ローマ時代の遺構だそうです。その上は、19世紀に当時の所有者が再建したとのこと。
城壁の中の城。ここが城主の住まいだったとのこと。
左の塔のようなものは、ノルマン王朝時代に起源を有するkeepと呼ばれる砦です。これも城壁の中にあります。
城の中の部屋の一つ、アラビアの間。とりあえず天井の様子だけアップしておきますが、実際は部屋全体も豪華極まりなし!一見の価値ありです。
大広間。19世紀に中世様式に作り直したものとのことですが、写真では十分その迫力が紹介できないのが残念です。
keepの上から。ここからは、カステル・コッホを見ることができます(赤い円で囲った場所)。カーディフ上もカステル・コッホも同じ所有者(ビュート侯)が保有していたとのこと。
※※※
中世といえば、かつては暗黒の歴史のように語られてきたようですが、中世だって光があり、緑があり、人が笑っていたはずなので、決して黒歴史のように語られるべきではないことはいうまでもありません。
でも、現代に比べて確かに「闇」が多く、その「闇」に対する人々の本能的ともいえるかもしれない畏れ(怖れ?)ってのが強かったのかな、とも感じます。今回、こうやって中世の名残を残す城をめぐっていると、そういった「闇」が確かに存在していたこと、それだからこ人々がいかに光をすばらしいものと感じていたか(光は時には「神」すらも代弁していたのでしょう)、ということをそこはかとなく感じたのでした。
闇と光と人間と。
カステル・コッホにて。
ここの一番の特徴は、ゲイカップルが経営しているということかもしれません。
僕自身、正面からカミングアウトしている人とは初めて接する(後から聞いてゲイらしい、という人は複数知っておりますが)ので、何かこう、偏見ではないけれども緊張感がなかったといえば嘘になります。でも、実際に話をしていると、別に何てこともありませんでした(まあ、一人は話し方が少し女性っぽかった気もしないわけでもありませんが。)。
宿屋の仕事と個人のセクシュアリティとは全く関係ない、という当たり前の事実を再認識した次第です。
で、二人とも非常に親切で、かつ、朝食が見事!まあ、予約サイトほどには高い評価はありませんが、前回ロンドンのB&Bでインド系経営者の横柄な態度とひどいサービスに苦しめられた分、僕個人としてはかなり満足しました。
まあ、宿の話はこれまでにして。
ウェールズは、中世の名残が色濃く残る場所が多いことで有名ですが、カーディフ自体は既にかなり現代化されたとてもきれいな街です。街自体がコンパクトにまとまっていて、その割には立派なショッピングモールがでーんと構えているなど、ボーンマスよりも使いやすい街だな、というのが小鴨と僕の共通の結論。
そして、一歩郊外に足を向ければ、中世風に再建された城を含めてそれなりに見ごたえがある城が点在しています。今回は、時間の関係でカーディフからバスで簡単に行ける場所をピックアップしました。
まずは、カステル・コッホ(Castell Coch)。
諸事情により近くに行くバスに乗り遅れた僕たちは、鉄道に乗って(相変わらずの2両編成ディーゼルカー)最寄り駅で降りました。
カーディフで入手したリーフレットでは、そこから2.5kmということでしたが、道が分かりません。で、ちょうど犬を散歩していた夫婦(?)に聞いたところ、「この先のラウンドアバウト(ロータリー)を左に曲がったpath(小道)を上がっていけば、『眠れる森の美女』のようにそびえる城が見えてくるよ」とのことでしたので、文句なくpathへと足を運びます。思いがけずも英国のフットパスを経験することとなり、新緑と咲きこぼれる花々が美しい春の山道を上っていったのでした。こんな具合に。
そして…
森の中に急に(かつ無機質な面持ちで)現れたタワーは、ちょっと不気味にすら感じました。
近づくと、こんな感じ。僕らは裏から入ってきたのでした。ついでにだいぶ近道したようです。
で、正面は、こんな感じ。
ものすごく中世っぽい感じがしませんか?この城自体は、廃墟となっていた中世の城をベースに19世紀に再建したものですが、中の部屋はどれもこれもとても美しく、本当に見ごたえがありました。
で、次は、バスを乗り継いでケーフィリー城です。
今度の城は、既に廃墟となった城ですが、周囲を堀に囲まれ、とても美しいたたずまいです。
で、これらの郊外の城をめぐった翌日、市内の最大のランドスケープであるカーディフ城に。
ガイドブックでは1時間そこそこでOKのようにかかれてましたが、あにはからんや、じっくり音声ガイド(日本語も中国語もあるので便利です。)を聞きながらだと2時間は余裕でかかってしまいます。
正面。右の城壁の下のほう、赤いレンガの下部は、ローマ時代の遺構だそうです。その上は、19世紀に当時の所有者が再建したとのこと。
城壁の中の城。ここが城主の住まいだったとのこと。
左の塔のようなものは、ノルマン王朝時代に起源を有するkeepと呼ばれる砦です。これも城壁の中にあります。
城の中の部屋の一つ、アラビアの間。とりあえず天井の様子だけアップしておきますが、実際は部屋全体も豪華極まりなし!一見の価値ありです。
大広間。19世紀に中世様式に作り直したものとのことですが、写真では十分その迫力が紹介できないのが残念です。
keepの上から。ここからは、カステル・コッホを見ることができます(赤い円で囲った場所)。カーディフ上もカステル・コッホも同じ所有者(ビュート侯)が保有していたとのこと。
※※※
中世といえば、かつては暗黒の歴史のように語られてきたようですが、中世だって光があり、緑があり、人が笑っていたはずなので、決して黒歴史のように語られるべきではないことはいうまでもありません。
でも、現代に比べて確かに「闇」が多く、その「闇」に対する人々の本能的ともいえるかもしれない畏れ(怖れ?)ってのが強かったのかな、とも感じます。今回、こうやって中世の名残を残す城をめぐっていると、そういった「闇」が確かに存在していたこと、それだからこ人々がいかに光をすばらしいものと感じていたか(光は時には「神」すらも代弁していたのでしょう)、ということをそこはかとなく感じたのでした。
闇と光と人間と。
カステル・コッホにて。
2011年4月25日月曜日
大西部鉄道(ウェールズ旅行その1)
イギリスが世界で一番長い国名である(グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国)、ってのは良く知られた話であり、その名のとおり、いくつかの国(country)により構成されています(だから「連合王国/United Kingdom」なんですよね)。そして、その構成国の中で一番マイナーなのは、ウェールズではないでしょうか?
うーん、まあ、イギリス王太子はThe Prince of Walesと呼ばれるので、知らない、ってわけじゃないとは思うのですが、中世に早々にイングランドに併合されたという歴史的経緯もあり、いまいち日本人にはなじみが薄いことは否定できないんじゃないかな、と。
となればマイナーなものを好むこのmimakiirihkoとしてはまさにドンピシャの場所となるわけで、この復活祭休みを利用して行ってきましたウェールズ。とはいっても、時間の関係で首都のカーディフとその周辺のみでしたが。
カーディフまでは、ロンドンからは都市間高速列車のようなもので2時間ちょいで行けるのですが、ボーンマスからは直線距離はそう遠くないのに3時間以上かかります。おまけにこのイースター休み中に経由地のサザンプトン(Southampton)あたりで鉄道工事をするということで、ボーンマスからサザンプトン近郊の駅(イーストレイ/Eastleigh)まで代行バスで行くということになり、結局4時間以上の長旅です。大体、イギリスの交通機関はちょうど東京のそれと似ていて、ロンドンとそれ以外との都市間連絡は非常に良くできているのですが、「それ以外の都市間」を連絡する交通機関がいまいち具合が良くないのです。
ともあれ、イーストレイからカーディフまで乗る列車は、First Great Westernという会社の列車です(イギリスの鉄道は、いわば上下分離方式を取っていて、1つの線路の上に複数の鉄道会社が列車を走らせています。日本の神戸高速鉄道のような感じです。)。
ここで、ある架空の蒸気機関車をすぐに連想できたら、あなたは相当の病気でしょう。
…ダック、ってご存知ですか?
そう、ウィルバート・オードリーの「汽車のえほん」シリーズ(もっと分かりやすくいえば機関車トーマスのシリーズ)に出てくる機関車です。
このダック、自分がかつて大西部鉄道にいたことを折に触れて自慢するのですが、この大西部鉄道は、まさにGreat Westernそのものなのです。もっとも、今のFirst Great Westernがダックの大西部鉄道の直接の子孫ではないようですが、ともあれその流れを引き継いでいる、といっても良いでしょう。なお、今のFirst Great Westernのロンドンのターミナルは、パディントン駅。そういえば、ダックもゴードンたちとの間でロンドンの駅について論争したとき、ロンドンの駅はパディントン駅だといってはばからなかったですよね。
ともあれ、First Great Westernと聞いてここまでを瞬時に連想した相当な病気のわたくしめは、「ダツクなる汽罐車がかくもほこるものなれば、いとめでたきくろがねのみちにやあらむ」と思いつつ、ボーンマスからバスに乗ってやってきたイーストレイの駅で列車の来るのを心待ちにしていたのです。
待つことしばらく、大西部鉄道のカーディフ中央駅ゆきが入線とのアナウンスが!近づいてくる列車の音、そして大西部鉄道がそのベールを脱いだ!
さあ、大西部鉄道のお出ましです!!
...orz
これでも、写真はかなりきれいに写ってます。実際は、中も外もかなり汚れていて、かつ、たったの2両編成。ダックが見たら泣くぜこりゃ。
乗らないことにはカーディフに行けませんので、ともあれ乗り込みました。
この路線は、都市間連絡の列車というよりはむしろローカルサービスっぽい雰囲気で、田舎の無人駅にもちょこちょこ止まります。なるほど、時間がかかるわけです。でも、ソールズベリやバース、ブリストルなどを通るので、決してしょぼしょぼのローカル線ではないのですが。
でも、周囲の風景は、とてもきれいでしたよ。特にソールズベリからバースの間には、ところどころあたり一面の菜の花畑になっているところなどがあり、それは見事でした。
ブリストルではスイッチバックをして、列車は一路ウェールズへ。国境の長いトンネルをくぐってとうとうウェールズ入りです。風景が心なしか荒削りに感じられます。そんな中、2両編成のディーゼル列車は、スピードを上げてカーディフに向けて疾走します。
そしてとうとう正午前、カーディフに到着です。
一見、イングランドの大きな街と変わりないように見えるのですが、ノンノン、さすがにここはウェールズ。誇り高きウェールズ人は、英語とは全く異なるウェールズ語も大切にしており、町の標識はどこもウェールズ語と英語の二重標記です。で、カーディフの駅名標もこんな具合に。
上がウェールズ語(ケルト語系)、下が英語です。
で、ここもまた大西部鉄道が古くから運営していた、という証拠が、この駅の建物。
背後にGreat Western Railwayと書かれているの、わかります(Greatは写真では切れちゃってるけど)。ちなみに駅の上にはユニオンジャックとウェールズの旗がはためいてます。
ダックもここまで来たのかしらん?
うーん、まあ、イギリス王太子はThe Prince of Walesと呼ばれるので、知らない、ってわけじゃないとは思うのですが、中世に早々にイングランドに併合されたという歴史的経緯もあり、いまいち日本人にはなじみが薄いことは否定できないんじゃないかな、と。
となればマイナーなものを好むこのmimakiirihkoとしてはまさにドンピシャの場所となるわけで、この復活祭休みを利用して行ってきましたウェールズ。とはいっても、時間の関係で首都のカーディフとその周辺のみでしたが。
カーディフまでは、ロンドンからは都市間高速列車のようなもので2時間ちょいで行けるのですが、ボーンマスからは直線距離はそう遠くないのに3時間以上かかります。おまけにこのイースター休み中に経由地のサザンプトン(Southampton)あたりで鉄道工事をするということで、ボーンマスからサザンプトン近郊の駅(イーストレイ/Eastleigh)まで代行バスで行くということになり、結局4時間以上の長旅です。大体、イギリスの交通機関はちょうど東京のそれと似ていて、ロンドンとそれ以外との都市間連絡は非常に良くできているのですが、「それ以外の都市間」を連絡する交通機関がいまいち具合が良くないのです。
ともあれ、イーストレイからカーディフまで乗る列車は、First Great Westernという会社の列車です(イギリスの鉄道は、いわば上下分離方式を取っていて、1つの線路の上に複数の鉄道会社が列車を走らせています。日本の神戸高速鉄道のような感じです。)。
ここで、ある架空の蒸気機関車をすぐに連想できたら、あなたは相当の病気でしょう。
…ダック、ってご存知ですか?
そう、ウィルバート・オードリーの「汽車のえほん」シリーズ(もっと分かりやすくいえば機関車トーマスのシリーズ)に出てくる機関車です。
このダック、自分がかつて大西部鉄道にいたことを折に触れて自慢するのですが、この大西部鉄道は、まさにGreat Westernそのものなのです。もっとも、今のFirst Great Westernがダックの大西部鉄道の直接の子孫ではないようですが、ともあれその流れを引き継いでいる、といっても良いでしょう。なお、今のFirst Great Westernのロンドンのターミナルは、パディントン駅。そういえば、ダックもゴードンたちとの間でロンドンの駅について論争したとき、ロンドンの駅はパディントン駅だといってはばからなかったですよね。
ともあれ、First Great Westernと聞いてここまでを瞬時に連想した相当な病気のわたくしめは、「ダツクなる汽罐車がかくもほこるものなれば、いとめでたきくろがねのみちにやあらむ」と思いつつ、ボーンマスからバスに乗ってやってきたイーストレイの駅で列車の来るのを心待ちにしていたのです。
待つことしばらく、大西部鉄道のカーディフ中央駅ゆきが入線とのアナウンスが!近づいてくる列車の音、そして大西部鉄道がそのベールを脱いだ!
さあ、大西部鉄道のお出ましです!!
※カーディフ中央駅で撮りました。
...orz
これでも、写真はかなりきれいに写ってます。実際は、中も外もかなり汚れていて、かつ、たったの2両編成。ダックが見たら泣くぜこりゃ。
乗らないことにはカーディフに行けませんので、ともあれ乗り込みました。
この路線は、都市間連絡の列車というよりはむしろローカルサービスっぽい雰囲気で、田舎の無人駅にもちょこちょこ止まります。なるほど、時間がかかるわけです。でも、ソールズベリやバース、ブリストルなどを通るので、決してしょぼしょぼのローカル線ではないのですが。
でも、周囲の風景は、とてもきれいでしたよ。特にソールズベリからバースの間には、ところどころあたり一面の菜の花畑になっているところなどがあり、それは見事でした。
ブリストルではスイッチバックをして、列車は一路ウェールズへ。国境の長いトンネルをくぐってとうとうウェールズ入りです。風景が心なしか荒削りに感じられます。そんな中、2両編成のディーゼル列車は、スピードを上げてカーディフに向けて疾走します。
そしてとうとう正午前、カーディフに到着です。
一見、イングランドの大きな街と変わりないように見えるのですが、ノンノン、さすがにここはウェールズ。誇り高きウェールズ人は、英語とは全く異なるウェールズ語も大切にしており、町の標識はどこもウェールズ語と英語の二重標記です。で、カーディフの駅名標もこんな具合に。
上がウェールズ語(ケルト語系)、下が英語です。
で、ここもまた大西部鉄道が古くから運営していた、という証拠が、この駅の建物。
背後にGreat Western Railwayと書かれているの、わかります(Greatは写真では切れちゃってるけど)。ちなみに駅の上にはユニオンジャックとウェールズの旗がはためいてます。
ダックもここまで来たのかしらん?
2011年4月3日日曜日
ロンドンの中国人、そしてスリ
金曜日の朝、小鴨がフランスのビザを申請するために(現在、5月にフランス・イタリアを旅行する予定です)、木曜日の午後からロンドンに出かけました。中国人の場合、観光だけでも全ての日程の予約状況まで証明資料として提出しなければならず、非常に億劫です。
ビザの申請自体手続自体はつつがなく終わりましたし、こちらとしては出せる限りの証明資料を提出した(やむなく直球ど真ん中の資料ではないものもありますが、補充的資料によりカバーできているはずです。)のですが、帰りのバスの中で小鴨はビザが却下されるかもしれないといってへこんでました。でも、こちらとしてはもうこれ以上どうすることもできず、また、イミグレに関する法規の趣旨から考えても、また、行政裁量の幅を考慮したとしても、今回の小鴨のケースが却下される理由はないのですけど。まあ、いずれにせよ、10日後を待ちましょう。
それにしても、フランスのビザセンターに申請に来る中国人の多いことといったら!僕が小鴨に、「ここで『張さん!(小張!)』(=中国でもっともポピュラーな姓の1つ)と叫んだら、3人くらい振り向くんじゃないか」と冗談を言っていたのですが、後で名前を呼ばれた人の中に果たして張さんを発見!あながち冗談でもないかも。
で、そのせいなのか分からないのですが、ビザセンター自体も各所に中国人を雇っていて、小鴨のケースでは、資料を受理する人も中国人でした。なので、イギリスでフランスのビザを申請するのに中国語を使ってやり取りするという、なんともへんてこな状況が現れたのでした。そして、きわめて無愛想なところは、中国の鉄道の駅の切符売りのおばちゃんを髣髴とさせ、「まあ、しゃーない。彼女には何らの判断の権限も与えられていないんだから」と、怒る小鴨を慰めつつ、僕もなんとなくむかついていたのでした。なんでイギリスで中国にいるような思いをせんならんのか、と。
で、極めつけは、カウンターの前で「○○さん、何番カウンターへ」と言って人を振り分けていた係員の中国人女性。もう、その顔といい、髪型といい、化粧気のない顔といい、着ている服といい、つまらなそうにあくびをしている姿といい、もう100点満点のthe 中国人でした。唯一違うところは、しっかりと英語を話しているところだけでした。
そういった中で、僕と小鴨は、日本人の顔と中国人の顔の違いってどんな感じなのか、ということを議論しました(実際、少なくとも日本人については、僕も小鴨も相当の高率で見分けることができます。)。で、僕の意見は、「中国人は、常に『自分の得た食べ物は絶対に譲らないぞ』という強い意志をかもし出している。一方、日本人は、特に戦後世代はとにかく顔がのほほんとしている」というもので、これには小鴨もおおむね同意。そう、日本人って、とにかくみんな表情が「天下泰平」なんです。日々の食糧に対する苦悩などないかのように。
いや、もちろん、実は日本人は自己の食文化にものすごく愛着(執着?)があるし、現時点で日本で起こっている事象、そして歴史的にも、日々の食糧に対する苦悩が全くないといえばウソになります。でも、歴史を紐解いてみれば、「食べ物がない」ことに対する人民の反乱が国家の存亡自体を揺るがしたこと、というのもないんじゃないでしょうか(一揆とか米騒動とかがあったにせよ)。
一方、中国における為政者の徳とは、まずもって「治水」を前提とした「食の提供」であるように思われますし(例えば堯の時代の「鼓腹撃壌」の故事や、なぜ禹が初めての世襲王朝を開けたのかという点をご想起ください。)、王朝の交代自体が農民反乱と結びついていることも1度や2度ではありません。なので、中国人(特に漢族)の顔つきが食に対する一種の「執着」と関連するとしても、それは全くおかしい話ではないんじゃないか、と思うんですよね。そして、そうでなければ、あれだけ華やかな食文化を築くこともなかったのではないか、と。
閑話休題。
その後、中華街に出かけたのですが、まあ、どうしても食事に関しては、中華街が何かと便利なので行ってしまうんですよね。結局、滞在期間の夕食はいずれも中華街で四川料理×2、日本料理(ここはロンドン価格的には安くてうまかった!)×1。もちろんここでも中国人が一杯!
中国人は、今や世界どこでも、それこそボーンマスのような田舎町ですら、しっかりと根を下ろして生活しているということをひしひしと感じます。これと対抗できるのはインド人でしょうが、インド人はまだまだ極東アジアでは根を下ろしきっていないように思われます。ともあれ、これらの人たちは、さすがに華僑・印僑、といわれるだけあります。日本人にはここまでのたくましさはないよなぁ、と(逆に言えば、国外に定住すべき必要性もなかったからか?)。
===
そうそう、今回、僕も小鴨も、それぞれ、スリに遭いかけました。僕はロンドン塔の近くで、小鴨は中華街で。いずれのケースも、おそらく中東系の二人組で、一人が監視役、一人がスリ役です。二人組は観光客を装っていて、スリ役は地図を読むフリをしてリュックサックなどのファスナーを空けて中のものを取り、おそらくその後すぐに監視役に手渡しして白を切るのでしょう。僕のケースでは、ぶつかったのではない、何かリュックが不自然に引っ張られる感覚を感じた瞬間に体をかわしたのでファスナーを空けられることはありませんでしたが、小鴨の場合には、リュックの一番外のポケットにに手を突っ込まれるところまで行ったようです。幸いにして何も盗まれはしませんでしたし、そこにはあまりたいした物も入っていなかったのですが。
ともあれ、ボーンマスの生活が長すぎて気が緩んでいるようです。上海ではいつもかばんを前に抱えると貸していたのに。ロンドンは、やっぱりスリにはご用心!特に人ごみの中は危ないですよ!
ビザの申請自体手続自体はつつがなく終わりましたし、こちらとしては出せる限りの証明資料を提出した(やむなく直球ど真ん中の資料ではないものもありますが、補充的資料によりカバーできているはずです。)のですが、帰りのバスの中で小鴨はビザが却下されるかもしれないといってへこんでました。でも、こちらとしてはもうこれ以上どうすることもできず、また、イミグレに関する法規の趣旨から考えても、また、行政裁量の幅を考慮したとしても、今回の小鴨のケースが却下される理由はないのですけど。まあ、いずれにせよ、10日後を待ちましょう。
それにしても、フランスのビザセンターに申請に来る中国人の多いことといったら!僕が小鴨に、「ここで『張さん!(小張!)』(=中国でもっともポピュラーな姓の1つ)と叫んだら、3人くらい振り向くんじゃないか」と冗談を言っていたのですが、後で名前を呼ばれた人の中に果たして張さんを発見!あながち冗談でもないかも。
で、そのせいなのか分からないのですが、ビザセンター自体も各所に中国人を雇っていて、小鴨のケースでは、資料を受理する人も中国人でした。なので、イギリスでフランスのビザを申請するのに中国語を使ってやり取りするという、なんともへんてこな状況が現れたのでした。そして、きわめて無愛想なところは、中国の鉄道の駅の切符売りのおばちゃんを髣髴とさせ、「まあ、しゃーない。彼女には何らの判断の権限も与えられていないんだから」と、怒る小鴨を慰めつつ、僕もなんとなくむかついていたのでした。なんでイギリスで中国にいるような思いをせんならんのか、と。
で、極めつけは、カウンターの前で「○○さん、何番カウンターへ」と言って人を振り分けていた係員の中国人女性。もう、その顔といい、髪型といい、化粧気のない顔といい、着ている服といい、つまらなそうにあくびをしている姿といい、もう100点満点のthe 中国人でした。唯一違うところは、しっかりと英語を話しているところだけでした。
そういった中で、僕と小鴨は、日本人の顔と中国人の顔の違いってどんな感じなのか、ということを議論しました(実際、少なくとも日本人については、僕も小鴨も相当の高率で見分けることができます。)。で、僕の意見は、「中国人は、常に『自分の得た食べ物は絶対に譲らないぞ』という強い意志をかもし出している。一方、日本人は、特に戦後世代はとにかく顔がのほほんとしている」というもので、これには小鴨もおおむね同意。そう、日本人って、とにかくみんな表情が「天下泰平」なんです。日々の食糧に対する苦悩などないかのように。
いや、もちろん、実は日本人は自己の食文化にものすごく愛着(執着?)があるし、現時点で日本で起こっている事象、そして歴史的にも、日々の食糧に対する苦悩が全くないといえばウソになります。でも、歴史を紐解いてみれば、「食べ物がない」ことに対する人民の反乱が国家の存亡自体を揺るがしたこと、というのもないんじゃないでしょうか(一揆とか米騒動とかがあったにせよ)。
一方、中国における為政者の徳とは、まずもって「治水」を前提とした「食の提供」であるように思われますし(例えば堯の時代の「鼓腹撃壌」の故事や、なぜ禹が初めての世襲王朝を開けたのかという点をご想起ください。)、王朝の交代自体が農民反乱と結びついていることも1度や2度ではありません。なので、中国人(特に漢族)の顔つきが食に対する一種の「執着」と関連するとしても、それは全くおかしい話ではないんじゃないか、と思うんですよね。そして、そうでなければ、あれだけ華やかな食文化を築くこともなかったのではないか、と。
閑話休題。
その後、中華街に出かけたのですが、まあ、どうしても食事に関しては、中華街が何かと便利なので行ってしまうんですよね。結局、滞在期間の夕食はいずれも中華街で四川料理×2、日本料理(ここはロンドン価格的には安くてうまかった!)×1。もちろんここでも中国人が一杯!
中国人は、今や世界どこでも、それこそボーンマスのような田舎町ですら、しっかりと根を下ろして生活しているということをひしひしと感じます。これと対抗できるのはインド人でしょうが、インド人はまだまだ極東アジアでは根を下ろしきっていないように思われます。ともあれ、これらの人たちは、さすがに華僑・印僑、といわれるだけあります。日本人にはここまでのたくましさはないよなぁ、と(逆に言えば、国外に定住すべき必要性もなかったからか?)。
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そうそう、今回、僕も小鴨も、それぞれ、スリに遭いかけました。僕はロンドン塔の近くで、小鴨は中華街で。いずれのケースも、おそらく中東系の二人組で、一人が監視役、一人がスリ役です。二人組は観光客を装っていて、スリ役は地図を読むフリをしてリュックサックなどのファスナーを空けて中のものを取り、おそらくその後すぐに監視役に手渡しして白を切るのでしょう。僕のケースでは、ぶつかったのではない、何かリュックが不自然に引っ張られる感覚を感じた瞬間に体をかわしたのでファスナーを空けられることはありませんでしたが、小鴨の場合には、リュックの一番外のポケットにに手を突っ込まれるところまで行ったようです。幸いにして何も盗まれはしませんでしたし、そこにはあまりたいした物も入っていなかったのですが。
ともあれ、ボーンマスの生活が長すぎて気が緩んでいるようです。上海ではいつもかばんを前に抱えると貸していたのに。ロンドンは、やっぱりスリにはご用心!特に人ごみの中は危ないですよ!
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