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2012年1月3日火曜日

AOCチキン

僕は結構鶏肉が好きで、多分肉類では一番好きかも。
なので、KFCはもとより、焼鳥も大好きで、なぜか焼鳥屋がとても多かった松山では、友達と定期的に焼鳥屋巡りをしたりしたものです。

とはいいつつ、僕自身に特段「○○の鶏肉に限るね、フフン」といったスノッブなこだわりがあるわけではありません。まあ、ごくたまーに比内地鶏とか名古屋コーチンとかを食べたら、「うん、なるほど、確かに旨い」ってことは分かりますし、それはそれで満足度が高いのですが、普通に売られているブロイラーでも、いちいちその味をくさすことはめったにありません。まあ、ストライクゾーンが広いといえばそうなのかもしれません。

翻って小鴨は、特に四川に比内地鶏のようなブランド鶏があるわけではないと思うのですが、「土鶏」という、まあ言ってみれば養鶏場の密集した環境で育てられていないような鶏がお好みです(というより、むしろ、「臭み」が嫌いなようです。)。まあ、僕と比べてストライクゾーンが狭いということにしておきましょう。

ともあれ、これまで食べた中で僕として「これはおいしい!」と思った鶏を3つ挙げろといわれれば、次のとおりになるでしょう。写真がないのはごめんなさい。

1 愛媛の旧肱川町(現在の大洲市)にある「ふかせ」の鶏
これは、松山時代の最後に上司に連れて行ってもらったのですが、愛媛有数の清流の肱川を臨む和風家屋の囲炉裏端で炭火で焼いて食べる地鶏の味は、旨みといい、歯ごたえといい、もう格別!僕の経験した限りでは、日本ではベストかな。
…この店、まだあるのかなぁ?

2 安徽省の西逓村の民宿で食べた烏骨鶏スープ
西逓村とは、黄山の近くにある、その街並みが世界遺産に指定されている古い村です。上海時代、この村にある民宿に泊まったのですが、その民宿のおやじさんが「120元出してくれるなら家族のために特別に育ててきた烏骨鶏を料理してあげる」といわれて作ってもらったものです。当然家で放し飼いの「土鶏」です。
そのスープたるや、これまで食べたことのない力強さ!!小鴨も僕も、鶏肉でこんな味があるものかとびっくり仰天でした。肉も噛み応え・旨みともに申し分なく、僕の経験上、中国での鶏の中ではこれが文句なしのベストワン。

3 海南省三亜の文昌鶏
ある年の国慶節休みにかの春秋航空で三亜に行ったときに、噂を聞いてやってきたお世辞にもきれいとはいえない食堂で食べたものです。注文すると、鶏が一羽丸ごと入ったアルミ製の無愛想な鍋が運ばれてきて、テーブルの上にあるコンロにドスンとセットされます。でも、味の方はなかなかすばらしく、88元という(中国の単品料理にしては)高額な料理ではあるものの、二人ではそれだけでもう十分で、上記の安徽省の烏骨鶏以来の満足度の高いスープでした。

いや、前置きが長くなりましたが、ここからが本題。

ヌーシャテル滞在中の26日、E嬢は自宅から車で10分ほどのところにある両親の家での親族一同での食事会に小鴨と僕を招待しました。E嬢の家族は、それぞれが自分の言いたいことをひたすら言い合うとてもにぎやかな家族で(その点では、小鴨の親族たちと似ているところもあるなあ、と思いました。)、完全な客人の我々に対しても熱烈歓迎モードです。いい意味でのフランスの田舎の普通の家族の雰囲気って感じかな。で、もちろん向こうはフランス語ですので、折に触れてE嬢の通訳が必要になるのですが、それでもいろいろ楽しく話をすることができました(僕も、向こうの会話の中で聞き取れたフランス語をキャッチして話に加わったりして、何気にフランス語のリスニングのいい練習だなと思いました。)。

で、そのときのメインディッシュが、鶏肉料理だったのです。
この鶏肉料理、僕がE嬢の甥のミカエル君(4歳)に電車ごっこのような形で家中延々振り回されている間に作られていました。


ミカエル君に振り回されるMimakiirihikoの図





E嬢のお母さんの写真と共に。
味付けは割とシンプルで、下味はバター、岩塩。これにエシャロット+ローズマリーやタイムといったハーブ類を加えただけ。これにジュラ産の白ワインをかけてオーブンで焼くこと30分。5分ごとにひっくり返して肉を白ワインになじませていました。


出来上がりの図。付け合せはポテトです。素朴な盛り付けがまた親しみを覚えさせます。

で、味の方なのですが、この地方共通の塩味の強い味付けではあるものの、鶏肉の味自体は見事の一言。むしろ塩味ベースであるがゆえに鶏肉の味が前面に出てきます。それでも、臭みは全くなく、肉自体の味わいは申し分ありません。肉の臭みにうるさい小鴨もこの鶏肉については絶賛を惜しみませんでした。

…そして、食べているときにE嬢のお母さんがこんなことを言いました。
「この鶏は、私の故郷(=フランス)特産のものでね、唯一鶏肉でAOC(※)が適用されているものなの。私の故郷では、鶏を良く食べるので、『この地方の人の体は鶏肉でできている』なんていうのよ。」

(※ご存知の方も多いと思いますが、念のために説明すると、AOCとは、「原産地統制呼称」というべきもので、つまり、厳しい条件をクリアしたものに限りその土地の産物と名乗ることができる、品質保証認証制度のことです。ワインやチーズなどでは良く見られますよね。例えば、ワインのボトルに、Appellation ○○(地名) Controleeって書かれているものがあるでしょ。あれです。)

そのときは、ゑゑっ!鶏肉にもAOCがあるの?という驚きとともに、AOCチキンならば、その味もむべなるかな、というところで留まっておりました。

でも、無知とは恐ろしいもので…
今、ネットでAOCチキンについて調べてみたら、果たしてE嬢ママのおっしゃるとおり、AOC指定されているチキンは世界でただ一つで、その名もブレス鶏(Poule de Bresse)! なんでもミシュランレストランでも提供されるレベルのフランス最高級ニワトリというではありませんか!で、更に調べてみると、仮に日本で買うとなれば、一匹(約1.5キロ)6000円以上!ちなみに、わが実家の近所のスーパーの新春初売り広告(今はこういったのもネットで見られるのがすごいですね!)では、青森産桜姫鶏のモモ肉が100グラム99円。つまり、ブレス鶏は青森産鶏の4倍以上する代物だったのです。

今回は、人数も多かったこともあり、E嬢のお母さんは、上の写真のとおり2羽焼いていました。日本で買うより安いのでしょうが、今更ながらE嬢の実家の皆さんに改めて申し訳なく、また、ありがたく思ったのでした。

2012年1月2日月曜日

慶祝、そしてスイスの写真

ここロンドンでも、2012年が明けました。
僕たちは結局行かなかったのですが、ロンドン中心部では12000発の花火が打ちあがり、最前列の人はそのために8時間待ちをしていたとか。BBCで見ていたのですが、なかなか見ごたえがありました。

そして今日。ささやかに正月の真似事をしました。
久しぶりのお餅やお雑煮も悪いものではありません。特に、この2週間の旅行で基本洋食だった分、和食のあっさりした味は本当にほっとするものです。

…考えれば、日本人が一番伝統に忠実な日本人になるのって、この正月前後のような気がしてなりません。特に、クリスマス・イブまでは、なんかきれいなイルミネーションの中で、音楽も洋風のクリスマス・ナンバーが流れているくせに、クリスマスを過ぎると途端に和風モードに急転換!まあ、コマーシャルサイドにはそれなりの思惑があるのでしょうが、我々の気持ち自体もやっぱり「お正月」ってのは、何かこう、日本人を「日本人」に回帰させる不思議な雰囲気があるんじゃないかな、って。

そして、僕は、そういったものを全く感じなくなって3年、また、余り感じにくくなって7年ほどになるでしょうか。「余り感じにくくなった」とは、上海駐在を始めて、帰国が12月30日頃、上海戻りが1月3日頃ということが続いたからです。昨日も少し触れましたが、やっぱり何かこう、さびしいな、という感じがしないわけではありません。でも、それは自分で選んだ道だし、その代わりになかなか得がたい経験も(おそらく)しているだろうし、ということで自らを慰めるしかないのでしょうね。

===
夕べ、旅行の写真をブログ用に編集しておこうと思い、スイスの部分だけをピックアップして圧縮したのですが、それでも50枚ほどになり、トホホ…といった感じです。
でも、この際ですので、一部をここでアップしておきましょう。

12月25日。僕たちは、ロイカーバート(フランス語:レーシュ・レ・バン)という、プレ・アルプスに抱かれた温泉町に出かけました。

ヌーシャテルは、それはそれはいいお天気で最高のドライブ日和!E嬢も、こんな天気はラッキーだというほどの真っ青な空です。


スイスの高速道路は無料かつなかなかよい整備状況。雰囲気は、坂のきつくない中央道か上信越道か、といった感じでしょうか。何となく日本の長野県辺りを走っているような感覚にもなりました。

車は、ヌーシャテル湖岸を南西に進んだ後、更に南に進路をとります。


正面の二つのこぶのような山は、E嬢の説明では「双子山」(←相撲とは関係ないよ!)というそうな。

…と、レマン湖が右手に見えてきました。雪を頂くスイス(orフランス)の山に抱かれた湖の色は、コート・ダジュールを髣髴させるほどの青さで、山の白のコントラストと相まって、絶景としか表現しようのない美しさです。こういったものが高速道路のサービスエリアから見えるのですから、贅沢きわまりありません。




その後、車は今度は西方向に進路を取り、シオンというところに入りました。E嬢によれば、ここら辺がスイスでももっとも豊かな場所の1つだとのこと。確かに日当たりもよく、ワイン用のぶどう畑もあたり一面に広がっています。


で、高速道路の終点からは、次第に上の写真にあるような山を登っていきました。と、道路標識がそれまでのフランス語からドイツ語一色に。そうです、我々は、スイスのフレンチ・パートからジャーマン・パートに入ったのでした。

そして、雪に覆われた森の中を元気に駆け上がってゆきます。


…そしてたどり着いたロイカーバート。あたり一面雪・雪・雪!!
まずは駐車場で車を止めて村はずれのレストランに足を運びます。車は入れず、雪道を歩くことに!




で、一応場所を確かめようと、クロスカントリースキーのいでたちで上ってきたおばちゃんにE嬢がフランス語で尋ねます。と、このおばちゃん、怪訝そうな顔をした後、"Non francais"と一言(※ほんとは、cの下にひげのようなものが付きます。)。果たしてこのおばちゃん、スイス・ジャーマンの人のようでした。で、E嬢は英語に切り替えて質問。おばちゃんも無愛想な英語で返します。九州ほどの大きさの国で、こんな状況があるってのも非常に興味深く思いました。


前を歩いているのが件のおばちゃんです。

で、たどり着いたレストランで、僕と小鴨は、地元のソーセージ料理を食べました。これがでかくて、かつ、美味!!ちなみにE嬢夫妻は、チーズフォンデュをチョイス。一口ご相伴に与りましたが、やっぱり本場はちゃうわー、と思ってしまいました。


ちなみにこのレストランのウエイトレスのおばちゃん、おそらくドイツ人だと思うのですが、E嬢がフランス語で話しかけたら完璧なフランス語で対応し、僕たちには僕たちより上手な英語でも話しかけてきました。観光地ゆえ必要に迫られてなのかもしれませんが、思わず脱帽です。これもスイスの奥の深さか?

お腹を満足させた僕たちは、いざ、ロイカーバートの街中を通り、温泉へ向かいます。



そして、温泉。
残念ながらカメラを持ち込めなかったので写真はないのですが、もう、これがすばらしいの一言に尽きます。
ヨーロッパの温泉は水着着用で、ここには屋内・屋外それぞれにプールのような温泉設備があるのですが、特に屋外のそれは、本当にプレ・アルプスの峰峰に抱かれ、ちょうど夕暮れの時間に当たっていたこともあり、言葉では言い表せないほど幻想的な風景でした。西から東にかけて赤から青へと変化する空のグラデーション、西日を最後まで浴びて赤く染まる雪の峰の頂、西に見える宵の明星と新月…。ハイジがフランクフルトであこがれていたスイスの景色はかくあるものか、とも思いつつ、日本を出て以来7年めったに入れず、特にヨーロッパに来てから全く入ることができなかった温泉を心の底から堪能したのでした。

温泉を十二分に楽しんで外に出ると、そこは、雪深いスイスの田舎の夜の風情。これもまた格別の興趣でした。




…そして、僕たちは、来た道を戻る格好で、夜の9時半、ヌーシャテルに戻ったのでした。
本当に楽しいスイス温泉紀行でした。

===

というわけで、最後になりましたが、今年も本ブログにお付き合いのほど、なにとぞよろしくお願い申し上げます!
そして、震災の復興にいろいろな形で尽力されている皆様に、心よりの敬意と応援を表したいと思います。

2011年12月27日火曜日

ヌーシャテル

スイス、と言えば、どんなことを思い浮かべますか?
マッターホルン? ユングフラウ? それともハイジ?

…考えてみれば、これらはいずれもドイツ語由来のものですよね。
そう、日本人にとって、スイスはいわばドイツ語圏のイメージからしか語られていないような気がしてなりません。そして、僕もこれまでそうでした。まあ、実際、国民の65%がドイツ系なので、それが間違っているとはいえませんが。

でも、考えてみてください。スイスといって思い浮かべるものに、「レマン湖」、「チーズフォンデュ」、「ジュネーブ」、「ローザンヌ」といったものがありませんか?これらはいずれもフランス語が含まれているわけで…。
…そうです、スイスにはもう1つの大きな部分、French Partというのがあるんです(正確には、それ以外にもイタリアンパート等があるのですが。)。

というわけで、23日にパリからTGVに乗ってやってきたここヌーシャテルは、スイスのFrench Partの一都市です。このブログでもたびたび出てきた件のE嬢とそのご主人のJさんが住んでいて、今回も、彼女の「ここに来なければ許さない」的な勢いで招待されてやってきました。

ヌーシャテル。人口は3万ちょっとの、ヌーシャテル湖を望む坂の街。街自体の歴史は1000年くらいになるようで、町の中心もどことなく中世の面影を漂わせています。

E嬢とJさんが、それはそれは手厚くもてなしてくれていて、今日に至るまで本当に内容ぎっしりの日々を過ごしていますが、今日の記事では、まずはヌーシャテル自身を写真でご紹介としましょう。


23日のパリ・リヨン駅。
クリスマス休暇で帰省する人が多いからでしょうか、本当にたくさんの人でごった返していました。

…そしてたどり着いたヌーシャテル。




ヌーシャテルの中心部附近です。ほんと、坂が多い!


24日は土曜日のため、町の中心には市が立っていました。ここの野菜はとても新鮮!お惣菜系もなかなかおいしそう!ただ、スイスは物価高で、お得感といったものはありません。それでも、クオリティはイギリスよりも明らかに上です。




こんな市には、こんなトラディショナルな秤がよく似合います。


ヌーシャテル湖岸。鴨のつがいが元気良く泳いでいました。我々はどうでしょうか・・・?



この夜は、E嬢の友達を招いてのクリスマスディナー。ご主人のJさんが料理好きで、本格的なコースメニュー仕立て。この夜は結局夜中の2時まで飲み、食べ、そして語らったのでした。





…それから僕らは、更にスイスのFrench Partの魅力を知ることになるのですが、それはまた後ほど。

2011年12月23日金曜日

芸術の街角で

パリといえば、いわずと知れた芸術の都。
絵だけに限っても、ルーブル美術館をはじめ、その充実度はそれはそれは見事なものです(ロンドンも確かにすごいのですけど、ロンドンのアドバンテージはむしろテート・モダンに代表されるような現代アートなのかな、とも思います。)。でも、ルーブルには5月の旅行で行ったこともあり今回はパスして、オルセー美術館に行ったのがパリ2日目の昼です。ここも、特に印象派の絵の充実度がハンパではなく、もちろん昔世界史の教科書で見たことのある絵もちらほらと。加えて、アール・ヌーヴォーの工芸品もなかなかの見ごたえです。

で、そういった芸術の気風は、この街のいたるところで見受けられるわけでして、そういった場所を目的もなくそぞろ歩くのもまた風流ってなものですよね。
そんな街のスナップをまずは少々。


街の通りの表示です。これだけでも風情があるなあ、と思うのは買いかぶりすぎでしょうか?


どこかの何かのエントランス。上には廃材を利用したオブジェが!


ぱっと見では気付かなかったのですが、ペットボトル製クリスマスツリーです。


日本でも人気(らしい?)のマカロン。僕自身は熱狂するほど好きではありませんが、こうやって色彩を楽しめるのはいいですよね。


何気ない街角のカフェ。
いろんな芸術家が、こんな感じのカフェで芸術談義に花を咲かせていたのでしょう…。

***

さて、我々は、その後モンマルトルに出かけました。
もしかしたら、ここが僕にとって一番好きなパリなのかもしれません。ふもとのピガール駅の辺りはややごちゃごちゃしているものの、ちょっと上がればいまでもユトリロの絵を髣髴とさせる路地裏や階段が。そして、サクレ・クール寺院の近くの広場では、絵描きたちが実際に自分の絵を売っていたりします。そういった風情を周りのカフェから眺める、というのも、また格別の興趣があるわけです。



実は今回モンマルトルに来た目的の1つは、こういった絵描きから絵を買うことにありました。
芸術の薫りが一杯の場所で絵描きから自分の気に入った絵(それもいわば一点モノ!!)を買うなんて、なんかとっても贅沢な感じがしませんか?前回5月に来た際には貧乏性が災いして買えなかった分、今回こそは買うと腹を括ってのモンマルトル入りなのでした。

…僕は、いずれアジアに戻った時に自分の家に飾るための、ユトリロっぽい色彩の、飽きが来にくい絵を探していました。それも、できればこの界隈を描いたもので。でも、自分のお目当てのものってのは、なかなか見つかりにくいものでして、小鴨とああだこうだ言いながらこの広場を2周か3周ぐるぐるした結果、香港出身のアーティストから水彩画を買いました。ユトリロのような、というわけには行きませんでしたが、柔らかい線に優しい色調で描かれた、春から夏にかけてのモンマルトル界隈の絵。

さて、肝心のお代なのですが、これが50ユーロ。これが高いか安いか、というのは、なかなか難しいと思いませんか?だって、原価は(本人の人件費を除外すれば)、紙と若干の絵の具代でおそらく10ユーロはしないものですよ。とすれば、50ユーロというのは、結局、「その画家の芸術性」という、目に見えず、かつ、そもそも価格計算の根拠のないものへの対価なわけです。でも、芸術家にとっては、たとえ50ユーロであっても、自分の芸術性が(金銭的にも)評価されたということは、やっぱりうれしいことなのでしょうね。実際、このおじさん、僕らが50ユーロを出した時とてもうれしそうでしたし、隣の仲間の絵描きから、「おー、売れてよかったじゃないか」みたいな事を言われてましたから。もしかしたら今日は、絵描き同士でどこかで飲みに出かけているのかもしれません。

そして、僕自身も、形こそ違え、「サービス」という目に見えないものを売る職業であるがゆえ、その金銭的価値評価の難しさ(言い換えれば、どうすればお客様が満足してお金を払ってくれるか)にはいつも苦しめられてきました。だから、この50ユーロというのは、自分がそれだけの価値があると判断して出したんだ、と、ともすれば貧乏性になりやすい自分自身を得心させたのでした。

…とまあ、話が逸れましたが、ともあれ「モンマルトルで画家から絵を買う」という目的を達成して満足して広場から離れようとしたら、横で小鴨が何か後ろ髪を引かれているようです。なぜか理由を尋ねると、「絵描きたちのうちに、全く商売っ気がない風で自分のモダンアート作品を売っている一人のおじいさんがいた。ここじゃあモダンアートはお土産にはなりにくく人気がないだろう。なので、このおじいさんがこんな寒い冬の日に1日座り続けたとしても、全く売れてないんじゃないか。そう思うとかわいそうで見捨てられない。せめて何か安いものでも買ってあげて助けてあげたい」というじゃありませんか!
僕自身は、既に50ユーロも出していたこともあり、「まあまあ、ここにいる人たちは、みんな売れようと売れまいと、そういう生活をしたいからいるのであって、売れなくたって別にどうってことないはずだよ」となだめたのですが、小鴨はどうしてもおじいさんがかわいそうで気になって仕方ないと言い続けます。
そこで、僕は、ちょっと散策した後、「じゃあ、今から広場に戻ってそのおじいさんがまだ売っていたら買ってあげよう」という提案をしたところ、小鴨が「うん」と言って広場にカムバック。果たしておじいさんはまだ自分の作品を広げていました。なので、比較的安そうな作品(壁飾り)を手に取りつつ、おじいさんや隣の絵描きのおばさんからいろいろ説明してもらった後、そのおじいさんが使う典型的な色調である金と赤のものを買いました。お代35ユーロなり。

その後僕らはカフェに入ったのですが、小鴨はかわいそうなおじいさんを助けてあげたという気分で大満足。買った作品を見ながらそれにもだんだんと愛着が湧いてきたようです。僕自身も、その色調は、ちょうど春節のころなどさりげなく飾るのもおしゃれだな、と思いました(日本の場合だと、春節に外にべたべた中国風の飾りを貼り付けるのもなんですしね。)。

…と、僕はふと思いました。せっかくだからこのおじいさんと写真を撮れば、と。
その時点で既に買ってから1時間ほど経っていたのですが、やはり「まだ売っていたら」ということで広場にまたまた舞い戻ったところ、おじいさん、まだ頑張って自分の作品を広げているではありませんか!よほど生活に苦しいのでしょうか…。

さすがにちょっと気恥ずかしかったのですが、小鴨が勇気を振り絞って「一緒に写真とってくれませんか?」と言ったところ、おじいさんは快諾。小鴨とおじいさんは仲良く写真に納まったのでした。



その後、おじいさんは小鴨に一言。


「あれから、もう1つ大きい作品が売れたんだよ♪」


確かに上の写真でも、左側のボードの上半分に何もないでしょ?あそこにはその大部分を占める立派な作品があったのでした。
そして、小鴨の中で(きわめて主観的に)醸成されていた「かわいそうなおじいさん」のイメージが、音を立てて一瞬にして崩れ去ったのでした…。

さて、最後に我々のモンマルトルでの戦利品を、ここに。


写真中央:香港出身のアーティストから買った水彩画
写真左下:実際はあんまりかわいそうではないおじいさんから買った壁飾り

2011年12月22日木曜日

パリ(到着の日・写真編)

ブログに写真をアップする際には、アップロードをしやすくするために画像を圧縮する必要があるのですが、このプロセスは単純作業な割に結構面倒臭く、旅も9日目ともなれば疲れもたまってなかなか腰が重たくなってしまいます。なので、最近のブログはテキスト主体となってしまっているわけなのですが、先日、僕の知り合いから「もっと写真を!」とのご指摘を受けたこともあり、一念発起で画像加工をしました。

それでは、パリに着いた日の写真を。


ミラノからパリへのフライトは、やっぱり格安イージージェット。
これで二人で手荷物料込みで1万円ちょっとくらいかな。ちなみに空港アクセスもできるだけケチりましたので、ミラノ都心―パリ都心のトータルコストも上記にプラス2000円弱くらい?


パリの地下鉄の入口。ここは、僕らのホテルの最寄り駅のオデオン駅です。
この辺りは、ソルボンヌ大学などがある文教地区のカルチェ・ラタンです。落ち着いたいい雰囲気ですが、夜には薄暗いところにホームレスが出てくるのは、まあ、仕方ないですね。


同じくオデオン駅附近。小鴨がいまいちこの地名を覚えにくいようで、「おでん」とか言い出して困ります。


先の記事でも書いたように、到着日は、モンパルナスに行ってからシャンゼリゼ通りを散策。見えるかな、凱旋門。


シャンゼリゼの両脇にはさまざまなイルミネーション、夜店、そして遊具が出ています。これは豆汽車。


そしてそれを見る子供たちの顔。子供は世界どこでも純真でかわいいものです。逆に言えば、それだけ自分が大人になり失ってしまったものが多いのでしょう。


これらはそういったアトラクションのほんの一部。


そして、シャンゼリゼを凱旋門に向かって左側をふと見れば、エッフェル塔!
夜のエッフェル塔は、今年の5月の旅行で上りましたが、あのイルミネーションに彩られた鉄塔の中の階段を夜に上り下りするのは、まるで夢のトンネルを潜り抜けているようでとてもロマンチックです。


街路樹のイルミネーション。至ってシンプルですが、なぜか味わい深く感じるのは気のせい?
そして、このイルミネーション、時間を追って色が変わります。例えば、こんなふうに。



…とまあ、パリの1日目の夜は、こんな感じで。
次のブログでは、今日の出来事を。

…ミラノの写真はどこって?
ごめん!!それは、また!(タイミングを逸してしまって)