学校が始まりました。
久しぶりに見る友人に近況を聴きながらも、やっぱり先生が授業を始めると、それなりに授業に没頭でき、意外とスムーズに学生生活に戻れるのかな、と思いました(錯覚かもしれないけど。)。
それにしてもこの時期ってのは、特に小鴨と結婚してからは、新年なのか旧年なのかよく分からん変な気持ちにさせられています。というのも、旧暦で言えばまだ旧年で、中国では今こそが「年末」で人々の気持ちが完全年末モードだったからです。
中国の旧正月、ってのは、中国人にとって家族と過ごすべきとても大切な時期。都会に出稼ぎしている人を故郷に送り込む「春運」も1月になれば本格化します。バスや鉄道、そして飛行機で故郷に向かうのです。この時期は、例えば鉄道も大増発で、使い古したいわゆる「緑皮車」と呼ばれる客車も大活躍!人々は、こういった列車にたくさんの荷物を積み込んで、ともすれば二晩以上列車に揺られて(それもともすれば「硬座」と呼ばれる座席車で!)懐かしい家族に会いに行くわけです。
で、上海時代の我が家の場合は、先の記事にも書いたとおり、12月30日頃に日本に戻って日本の新年を僕の家族と過ごした後に1月3日ころ上海に戻り、しばらく上海で「あけましておめでとうございます。それではよいお年を」などと言った後、大体旧暦の12月30日に成都に行って、春節休みの大部分を小鴨の家族と過ごす、なんてことをやっていました。交通機関はやむなく飛行機。だって、鉄道だと30時間以上、1日目の夕方に出て3日目の朝につく計算になってしまうんですから!
この時期の飛行機は割引がほとんどないのですが、それでも成都行きの飛行機はいつも満席!加えて飛行機の中には中国の正月に流れる伝統音楽がBGMに流れ、人々もいつもよりハイテンションで延々おしゃべりを続けるのです。僕はよく上海発夜の9時過ぎの飛行機に乗ったものですが(成都到着は大体真夜中の12時頃)、そんなナイトフライトでも乗客は至って元気なために寝たくても寝られず、機内エンターテインメントなどあるはずもない飛行機で悶々としながら「早く着け、早く着け」と心の中でつぶやき続けておりました。
ともあれ、そういうわけでこの時期は、新年明けで、「よっしゃ、気持ちもリフレッシュ!今年も気合入れて頑張ろう!」という気合を見事に打ち砕いてくれる雰囲気が中国中に充満しているわけです。
さすがにここイギリスでは、そこまでの「新年かつ年末ムード」はありませんが、それでも今年の春節(23日―英国時間22日午後4時)にはせめてささやかなお祝いでもしようか(まあ、餃子を作る程度でしょうけど)と小鴨と言っているところですので、僕の中ではやっぱり少し変なムードであります。
…つーか、ただサボりたいだけか?
いやいや、今年の春節は、やっぱり祝わねばなりません。
そうでなければ、モンマルトルで余りかわいそうではないおじいさんから35ユーロで買ったアレを飾るチャンスがありませんから!(12月23日付記事参照)
そうそう、アレをブログでアップしたところ、小鴨の親友のシンガポールのX嬢と我が母親の両方から、「あの写真のどこに件のブツがあるのかしばらく分からなかった。…え、あれなの?」という反応。更にX嬢にはスカイプで現物を見せると、ご主人のJさん共々呆れ顔。そういえばスイスのE嬢とご主人のJさんも苦笑いしていたっけ。
まあ、少なくともネタとしては今のところ十分に働いてくれていますよ、例のアレ。
2012年1月9日月曜日
2011年11月15日火曜日
桃夭
月曜日は、授業が午前と午後の2コマある上に、特に午前の授業の予習が結構大変なこともあり、加えて翌日は授業がないということも相まって、夕方7時頃帰ってきたら気分は完全に週末モードです(その代わり、日曜日は勉強をせざるを得ないので、「週末」という感覚もいまいちとなっています。)。
ともあれ、今夜は夜に勉強する気がなくなったので、雑談を少々。
桃夭。
高校の漢文の教科書で出てきた、詩経のなかでも特に有名な詩です(しかし、漢文ネタを書くとき、ネタ元が高校の漢文に由来してしまうのは、自分自身の教養と発展のなさをさらけ出していて恥ずかしいのですが。)。
僕自身は、「老子」、「荘子」(これらは、僕の思想のバックボーンになってます。)に加え、詩なら唐詩が好きなのですが、この桃夭をはじめて読んだとき、思わずハッとしたことを今も覚えています。
この大らかさは何なんだ!
この桃(=嫁ぐ娘)の瑞々しさは何なんだ!
って。
このような感覚は、万葉集の歌を読んだ時に感じたものに近いのかもしれません。
決して高度に洗練されていないけれども、人の心が素朴に素直に短い言葉で表されている。そして、それが美しい絵にすらなる…。
人、というのは、もともとこういうものだったのかもしれません。
というわけで、ちょっと2つを並べてみましょうか。
まずは、桃夭。
桃夭
桃之夭夭 桃の夭夭たる
灼灼其華 灼灼たり 其の華
之子于帰 之(こ)の子 于(ここ)に帰(とつ)ぐ
宜其室家 其の室家に宜しからん
桃之夭夭 桃の夭夭たる
有蕡其実 有蕡(ゆうふん)たり 其の実
之子于帰 之(こ)の子 于(ここ)に帰(とつ)ぐ
宜其家室 其の家室に宜しからん
桃之夭夭 桃の夭夭たる
其葉蓁蓁 其の葉 蓁蓁たり
之子于帰 之(こ)の子 于(ここ)に帰(とつ)ぐ
宜其家人 其の家人に宜しからん
じゃ、万葉集は、一番最初の雄略天皇の長歌にしましょうか。
泊瀬の朝倉の宮に天の下知らしめす天皇の代 大泊瀬稚武天皇
天皇の御製歌
籠(こも)もよ み籠(こも)もち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな 告(の)らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそ座(ま)せ 告(の)らめ 家をも名をも
あと、ついでにもっと有名な柿本人麻呂のこの短歌も。
東(ひむかし)の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ
うーん、どちらも劣らず美しい!
歌(詩)の世界に心が解き放たれる感じすらします。現代人がすでに失ってしなった「何か」を、彼らは持っていたのでしょう。
…2001年から2002年、僕が北京に留学していたとき、中国は大ジャンプをする直前だったような気がします。そして、僕がそのとき出会った中国人は、みんな自分たちの未来を信じて前に進もうとしており、それが僕にはまぶしかった…。「日本人が失った『何か』をこの人たちは持っている」ってね。
そして時は過ぎ、2011年。チャイニーズ・ドリームを実現した人たちは、日本じゃ想像も付かないような豪華な家を建て、外車を乗り回し、海外旅行に出かけてブランド品を漁っています。
…でも、僕が10年前に見た「日本人が失った『何か』」は、「そういった人たち」には見られなくなっています。これじゃ、中国は、日本が通ってきた道をただ後追い(ま、それもド派手な形で、ではありますが)しているだけじゃないか、と感じずにはいられません。とすれば、その先にあるものは推して知るべしです。きっと「そういった人たち」は、もはや桃夭を読んでも何にも感じなくなっているのかも(中国の中学生や高校生は、この詩の何たるかよりもこれを丸暗記することに熱を入れてそうだし…。それは、いわば「『そういった人たち』予備軍」ともいえるでしょう。)。
これが社会の発展のモデルならば、人間として余りに悲しいではありませんか!
とはいえ、このような時代に生まれてきてしまった以上、そういった時代の流れにシンクロさせていかなければならない面があることも事実。それでも、その一方で、こういったものを美しく感じることのできる「感性」、ないしは「心」を決して失いたくはない(そして、それがいつかきっと新しい価値観の源になるはず)、と改めて思ったのでした。
ともあれ、今夜は夜に勉強する気がなくなったので、雑談を少々。
桃夭。
高校の漢文の教科書で出てきた、詩経のなかでも特に有名な詩です(しかし、漢文ネタを書くとき、ネタ元が高校の漢文に由来してしまうのは、自分自身の教養と発展のなさをさらけ出していて恥ずかしいのですが。)。
僕自身は、「老子」、「荘子」(これらは、僕の思想のバックボーンになってます。)に加え、詩なら唐詩が好きなのですが、この桃夭をはじめて読んだとき、思わずハッとしたことを今も覚えています。
この大らかさは何なんだ!
この桃(=嫁ぐ娘)の瑞々しさは何なんだ!
って。
このような感覚は、万葉集の歌を読んだ時に感じたものに近いのかもしれません。
決して高度に洗練されていないけれども、人の心が素朴に素直に短い言葉で表されている。そして、それが美しい絵にすらなる…。
人、というのは、もともとこういうものだったのかもしれません。
というわけで、ちょっと2つを並べてみましょうか。
まずは、桃夭。
桃夭
桃之夭夭 桃の夭夭たる
灼灼其華 灼灼たり 其の華
之子于帰 之(こ)の子 于(ここ)に帰(とつ)ぐ
宜其室家 其の室家に宜しからん
桃之夭夭 桃の夭夭たる
有蕡其実 有蕡(ゆうふん)たり 其の実
之子于帰 之(こ)の子 于(ここ)に帰(とつ)ぐ
宜其家室 其の家室に宜しからん
桃之夭夭 桃の夭夭たる
其葉蓁蓁 其の葉 蓁蓁たり
之子于帰 之(こ)の子 于(ここ)に帰(とつ)ぐ
宜其家人 其の家人に宜しからん
じゃ、万葉集は、一番最初の雄略天皇の長歌にしましょうか。
泊瀬の朝倉の宮に天の下知らしめす天皇の代 大泊瀬稚武天皇
天皇の御製歌
籠(こも)もよ み籠(こも)もち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな 告(の)らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそ座(ま)せ 告(の)らめ 家をも名をも
あと、ついでにもっと有名な柿本人麻呂のこの短歌も。
東(ひむかし)の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ
うーん、どちらも劣らず美しい!
歌(詩)の世界に心が解き放たれる感じすらします。現代人がすでに失ってしなった「何か」を、彼らは持っていたのでしょう。
…2001年から2002年、僕が北京に留学していたとき、中国は大ジャンプをする直前だったような気がします。そして、僕がそのとき出会った中国人は、みんな自分たちの未来を信じて前に進もうとしており、それが僕にはまぶしかった…。「日本人が失った『何か』をこの人たちは持っている」ってね。
そして時は過ぎ、2011年。チャイニーズ・ドリームを実現した人たちは、日本じゃ想像も付かないような豪華な家を建て、外車を乗り回し、海外旅行に出かけてブランド品を漁っています。
…でも、僕が10年前に見た「日本人が失った『何か』」は、「そういった人たち」には見られなくなっています。これじゃ、中国は、日本が通ってきた道をただ後追い(ま、それもド派手な形で、ではありますが)しているだけじゃないか、と感じずにはいられません。とすれば、その先にあるものは推して知るべしです。きっと「そういった人たち」は、もはや桃夭を読んでも何にも感じなくなっているのかも(中国の中学生や高校生は、この詩の何たるかよりもこれを丸暗記することに熱を入れてそうだし…。それは、いわば「『そういった人たち』予備軍」ともいえるでしょう。)。
これが社会の発展のモデルならば、人間として余りに悲しいではありませんか!
とはいえ、このような時代に生まれてきてしまった以上、そういった時代の流れにシンクロさせていかなければならない面があることも事実。それでも、その一方で、こういったものを美しく感じることのできる「感性」、ないしは「心」を決して失いたくはない(そして、それがいつかきっと新しい価値観の源になるはず)、と改めて思ったのでした。
2011年9月15日木曜日
なぜか上海
井上陽水の曲に「なぜか上海」ってのがあります。
この曲、僕の松山時代の友人がカラオケで(それはそれはインパクトのある声で)歌っていましたし、もしかしたら上海駐在員のカラオケの定番ネタなのかもしれませんね。
でも、この曲、実際に歌ってみるととても難しいんですよね。少なくとも僕にとっては。というか、全体に井上陽水の曲は難度が高いように思うんですが(その他カラオケでマジで難しいと思うのが宇多田ヒカルかな。)、「なぜか上海」は、陽水がこれまた飄々と歌ってしまうのでついつい歌いやすそうに思えてしまうところがまた厄介なところです。
うーん、どこが難しいといえば…
・「ちょうどいやらしい程度の高さ」の音が続いた後、サビ(「海を越えたら~」以降の部分)が更に高くなる(転調もしてるのかな?僕はあまりそういったことに詳しくないんだけど。)。
・「も、もそっと」とかいう、感覚的な歌詞についていけない(こういうのは、音符をイメージしつつ歌ったらだめなんでしょうね。)。
それでも、僕はこの歌、結構好きなんですよ。
もうずっと前(おそらく25年以上前?)の曲にもかかわらず、今の上海にもしっくり当てはまるような感じがして。なんて言うんだろう、夜にバンドの辺りや、そのちょっと裏側あたりの「妖しさ」とか(そして、それは、僕が好きな上海の一風景でもあります。)が、曲の中に十分表現されているような気がしてならないんです。
で、youtubeを漁っていたら、こんな動画も出てきました。1986年のライブで、バックバンドは安全地帯。コーラスに玉置浩二が現れるなど、なかなか聴き応えがあります。
これを改めて聴いてみると、サビのリズムは、どうも二拍三連(そうでなくても速度が半分になった上での三連符系のリズム)で構成されているようですね。今までぜんぜん意識していなかったんだけど。
もともと三連符とか8分の6拍子とかのリズムが好きな僕としては、僕がこの曲が好きな原因はこれにあるのかな、とすら思います。
…そういえば、浦東に住んでいたころの家は、黄浦江からもそう遠くなく、家の窓からも川がちょっと見えて、川を進む船の汽笛の音なんかも印象的だったなぁ。川といえば、ロンドンにもテムズがあります(かつ、汚さも黄浦江並みです)が、周囲の建物と一緒に作り出すエキゾチシズムという意味では、むしろ上海の方に軍配が上がるように感じます。
ちょっと古い写真(2006年)でごめんなさい。夜の上海。定番の「外灘3号」のバーのテラスからの眺め(実を言うと、僕の結婚式の二次会。この日は滅茶苦茶暑かった!)。
今は、歩道がより拡張され、道路の下にバイパスのトンネルができています。
本当にいろいろなことがあったけど、実のところ、僕は、自分が感じている以上に上海になじんでしまっていたんじゃないか、と思うと共に…
なぜか上海がとても懐かしくなってしまったのでした。
この曲、僕の松山時代の友人がカラオケで(それはそれはインパクトのある声で)歌っていましたし、もしかしたら上海駐在員のカラオケの定番ネタなのかもしれませんね。
でも、この曲、実際に歌ってみるととても難しいんですよね。少なくとも僕にとっては。というか、全体に井上陽水の曲は難度が高いように思うんですが(その他カラオケでマジで難しいと思うのが宇多田ヒカルかな。)、「なぜか上海」は、陽水がこれまた飄々と歌ってしまうのでついつい歌いやすそうに思えてしまうところがまた厄介なところです。
うーん、どこが難しいといえば…
・「ちょうどいやらしい程度の高さ」の音が続いた後、サビ(「海を越えたら~」以降の部分)が更に高くなる(転調もしてるのかな?僕はあまりそういったことに詳しくないんだけど。)。
・「も、もそっと」とかいう、感覚的な歌詞についていけない(こういうのは、音符をイメージしつつ歌ったらだめなんでしょうね。)。
それでも、僕はこの歌、結構好きなんですよ。
もうずっと前(おそらく25年以上前?)の曲にもかかわらず、今の上海にもしっくり当てはまるような感じがして。なんて言うんだろう、夜にバンドの辺りや、そのちょっと裏側あたりの「妖しさ」とか(そして、それは、僕が好きな上海の一風景でもあります。)が、曲の中に十分表現されているような気がしてならないんです。
で、youtubeを漁っていたら、こんな動画も出てきました。1986年のライブで、バックバンドは安全地帯。コーラスに玉置浩二が現れるなど、なかなか聴き応えがあります。
これを改めて聴いてみると、サビのリズムは、どうも二拍三連(そうでなくても速度が半分になった上での三連符系のリズム)で構成されているようですね。今までぜんぜん意識していなかったんだけど。
もともと三連符とか8分の6拍子とかのリズムが好きな僕としては、僕がこの曲が好きな原因はこれにあるのかな、とすら思います。
…そういえば、浦東に住んでいたころの家は、黄浦江からもそう遠くなく、家の窓からも川がちょっと見えて、川を進む船の汽笛の音なんかも印象的だったなぁ。川といえば、ロンドンにもテムズがあります(かつ、汚さも黄浦江並みです)が、周囲の建物と一緒に作り出すエキゾチシズムという意味では、むしろ上海の方に軍配が上がるように感じます。
ちょっと古い写真(2006年)でごめんなさい。夜の上海。定番の「外灘3号」のバーのテラスからの眺め(実を言うと、僕の結婚式の二次会。この日は滅茶苦茶暑かった!)。
今は、歩道がより拡張され、道路の下にバイパスのトンネルができています。
本当にいろいろなことがあったけど、実のところ、僕は、自分が感じている以上に上海になじんでしまっていたんじゃないか、と思うと共に…
なぜか上海がとても懐かしくなってしまったのでした。
2011年9月11日日曜日
四川方言の分析
今日は、ボーンマス時代のハウスメイトだった日本人がロンドンに来る、ということで、夕食を一緒にしました。場所は、ヴィクトリア&アルバート美術館の近くのイタリア料理屋。彼女はあと1週間でイギリスを出る、ということなので、イギリス料理を予約しようかとも思ったのですが、イギリス料理自体に問題があるのか、それとも僕たちがロンドンを知り尽くしていないせいなのか、これと言って思いつくイギリス料理屋は見つからず、イタリア料理と相成ったわけです。
このイタリア料理は、ここでもたびたび出てきた例のE嬢とその後主人のJさん(イタリア系フランス人で国籍はスイス)ともかつて来たことがあるところ。味は、そのJさんも「うん、いいんじゃない」というところなので、(イギリスのイタリアンとしては)決して悪くありません。ボリュームもなかなかのもので、消化不良になりそうなくらいの満腹に。
なので、元ハウスメイトとヴィクトリア駅で別れたあと、僕と小鴨は、腹ごなしに歩こうということになりました。ヴィクトリア駅から、ウェストミンスター・カテドラルをかすめ、ビッグ・ベンを遠目にウェストミンスター・アビーの横を通って左折、ダウニング街を横目に見ながらトラファルガー・スクエアを抜けて、僕たちがなぜか最も利用する駅であるレスター・スクエアまで歩きました。小鴨が(最近眼にした中国のアマチュアカメラマンに触発されて)あちこちで写真を撮っていたので、2キロか3キロくらいの距離にもかかわらず、結構時間がかかってしまいました。
というわけで、話は本題に(前置き長すぎる、ちゅうねん!)
ちょうどダウニング街の辺りを歩いていた時、なんとなく、四川方言(四川話)の発音の話になりました。
四川話(ここでは、とりあえず成都の方言、ということにします。)ってのは、中国語の中では、共通語である普通話と同系統の「官話方言」(まあ「マンダリン」という意味ですな。)に属するので、それとは異なる上海語、台湾語(閩南語)、広東語とかよりはずっと普通話を勉強した外国人にとってわかりやすい方言といえるのでしょう。でも、これは、あくまでも、これらの方言との対比の問題でそう言いうるに過ぎず、普通話学習者の上海語etcの理解度がほぼ絶望的なのに比べて、四川話は10%分かるかな?ってな感じですので、僕にとって難解なことに変わりありません。
さりとて、僕の場合には、成都に行けば、小鴨の親戚たち、とりわけ普通話が話せない義母とのコミュニケーションのためには四川話を理解したり、また、たとえ下手くそでも時には四川のアクセントで話したりすることがあるわけで、四川話の正しい発音を知ることは僕にとってはかなり重要なんですよね。
今のところ、僕が経験的に感じた四川話の特徴は、次のとおり(以下におけるピンイン表記については、声調記号は付していませんので、この点ご了承ください。)。
(1) 基本的に普通話の第3声が第4声的に、第4声が第3声的に発音される。
(2) 普通話のanがappleのaに、angが(普通話の)anに近い発音となる(つまり、これらの調音位置が普通話に比べて全体的に前よりになる感じかな。)。
(3) 反り舌音がない(zhがz、chがc、shがs、rが英語のzooのzと同じになる。…まあ、これは四川話に限った話ではありませんが。)。
(4) nとlの発音の区別がない(なので、小鴨は日本語でも「ハナダさん」のつもりが「ハラダさん」となってしまいがちです。ちなみに、中国人にとって一番難しい日本語の発音は、ラ行なのだそう。)。
(5) eiの発音がほぼ確実にuiになり、xueの発音がしばしばxuoになり、guoの発音がしばしばguiになる(例えば、「学習」(xue xi)は「シュオシー」のように、「国内」(guo nei)は「クイルイ」のように発音される。)。
これだけでも知っていれば、四川話の理解度は、10%から20%程度には上がるのかもしれません…。
で、これ以外でも、僕が聞く限り、普通話のeの発音(この発音は、英語にも日本語にもないものなので、表現することができません。強いて言えば、フランス語のrの発音を有声化したような音でしょうか。)は、四川話では、どうも文字に応じて2つの異なる発音のいずれかがなされているようなんですよ。1つ目は、内閣(普通話:nei ge)のge。これは、日本語の「ゲー」のような発音となり、「内閣」は(neiについて上記ルールの(4)と(5)が適用されて)「ルイゲー」と聞こえます。2つ目は、可能(普通話:ke neng)のke。これは、日本語では「コー」のような発音となり、「可能」は「コロン」に近い発音となります。
小鴨曰く、この区別は何にも意識しないで自然にやっているので基準が分からん、というのですが、いろいろと例を出して発音させているうちに、一つの仮説が思い浮かびました。
それは、「もともと入声として発音されていたか漢字か否か」ということ。「入声」っていうのは、音節が「詰まる音」で終わるもので、今でも広東語などでは広く残っていますし、日本語では音読みで「ツ」や「ク」などの音で終わるものがこれに当たります。
内閣の閣。これは音読みでは「カク」となるように、もともと入声で発音されていたもの。一方、可能の可は、音読みで「カ」となるように、そもそも入声で発音されていなかったはず。
で、この仮説に従えば、四川話では、例えば核桃(he tao:クルミ)を「へータオ」、「科学」(ke xue)を「コーシュオ」のように発音することともつじつまが合うわけで。
うーん、だらだらとしてしまい申し訳ありません。
つまるところ、今日のネタは、上記の仮説を思いついた、という話だけなんです…。
ここまで読んでくださった方、どうもすみません<(_ _)>
で、この仮説が正しいか否か、どなたかご教示いただければ幸いです。
英語をやりに来てなんで中国語のネタやねん、という突っ込みはなしにしてね。
たまには、より慣れた外国語の話もしてみたくって。
最近またネタもたまってきたので、また近いうちに、写真付きで。
このイタリア料理は、ここでもたびたび出てきた例のE嬢とその後主人のJさん(イタリア系フランス人で国籍はスイス)ともかつて来たことがあるところ。味は、そのJさんも「うん、いいんじゃない」というところなので、(イギリスのイタリアンとしては)決して悪くありません。ボリュームもなかなかのもので、消化不良になりそうなくらいの満腹に。
なので、元ハウスメイトとヴィクトリア駅で別れたあと、僕と小鴨は、腹ごなしに歩こうということになりました。ヴィクトリア駅から、ウェストミンスター・カテドラルをかすめ、ビッグ・ベンを遠目にウェストミンスター・アビーの横を通って左折、ダウニング街を横目に見ながらトラファルガー・スクエアを抜けて、僕たちがなぜか最も利用する駅であるレスター・スクエアまで歩きました。小鴨が(最近眼にした中国のアマチュアカメラマンに触発されて)あちこちで写真を撮っていたので、2キロか3キロくらいの距離にもかかわらず、結構時間がかかってしまいました。
というわけで、話は本題に(前置き長すぎる、ちゅうねん!)
ちょうどダウニング街の辺りを歩いていた時、なんとなく、四川方言(四川話)の発音の話になりました。
四川話(ここでは、とりあえず成都の方言、ということにします。)ってのは、中国語の中では、共通語である普通話と同系統の「官話方言」(まあ「マンダリン」という意味ですな。)に属するので、それとは異なる上海語、台湾語(閩南語)、広東語とかよりはずっと普通話を勉強した外国人にとってわかりやすい方言といえるのでしょう。でも、これは、あくまでも、これらの方言との対比の問題でそう言いうるに過ぎず、普通話学習者の上海語etcの理解度がほぼ絶望的なのに比べて、四川話は10%分かるかな?ってな感じですので、僕にとって難解なことに変わりありません。
さりとて、僕の場合には、成都に行けば、小鴨の親戚たち、とりわけ普通話が話せない義母とのコミュニケーションのためには四川話を理解したり、また、たとえ下手くそでも時には四川のアクセントで話したりすることがあるわけで、四川話の正しい発音を知ることは僕にとってはかなり重要なんですよね。
今のところ、僕が経験的に感じた四川話の特徴は、次のとおり(以下におけるピンイン表記については、声調記号は付していませんので、この点ご了承ください。)。
(1) 基本的に普通話の第3声が第4声的に、第4声が第3声的に発音される。
(2) 普通話のanがappleのaに、angが(普通話の)anに近い発音となる(つまり、これらの調音位置が普通話に比べて全体的に前よりになる感じかな。)。
(3) 反り舌音がない(zhがz、chがc、shがs、rが英語のzooのzと同じになる。…まあ、これは四川話に限った話ではありませんが。)。
(4) nとlの発音の区別がない(なので、小鴨は日本語でも「ハナダさん」のつもりが「ハラダさん」となってしまいがちです。ちなみに、中国人にとって一番難しい日本語の発音は、ラ行なのだそう。)。
(5) eiの発音がほぼ確実にuiになり、xueの発音がしばしばxuoになり、guoの発音がしばしばguiになる(例えば、「学習」(xue xi)は「シュオシー」のように、「国内」(guo nei)は「クイルイ」のように発音される。)。
これだけでも知っていれば、四川話の理解度は、10%から20%程度には上がるのかもしれません…。
で、これ以外でも、僕が聞く限り、普通話のeの発音(この発音は、英語にも日本語にもないものなので、表現することができません。強いて言えば、フランス語のrの発音を有声化したような音でしょうか。)は、四川話では、どうも文字に応じて2つの異なる発音のいずれかがなされているようなんですよ。1つ目は、内閣(普通話:nei ge)のge。これは、日本語の「ゲー」のような発音となり、「内閣」は(neiについて上記ルールの(4)と(5)が適用されて)「ルイゲー」と聞こえます。2つ目は、可能(普通話:ke neng)のke。これは、日本語では「コー」のような発音となり、「可能」は「コロン」に近い発音となります。
小鴨曰く、この区別は何にも意識しないで自然にやっているので基準が分からん、というのですが、いろいろと例を出して発音させているうちに、一つの仮説が思い浮かびました。
それは、「もともと入声として発音されていたか漢字か否か」ということ。「入声」っていうのは、音節が「詰まる音」で終わるもので、今でも広東語などでは広く残っていますし、日本語では音読みで「ツ」や「ク」などの音で終わるものがこれに当たります。
内閣の閣。これは音読みでは「カク」となるように、もともと入声で発音されていたもの。一方、可能の可は、音読みで「カ」となるように、そもそも入声で発音されていなかったはず。
で、この仮説に従えば、四川話では、例えば核桃(he tao:クルミ)を「へータオ」、「科学」(ke xue)を「コーシュオ」のように発音することともつじつまが合うわけで。
うーん、だらだらとしてしまい申し訳ありません。
つまるところ、今日のネタは、上記の仮説を思いついた、という話だけなんです…。
ここまで読んでくださった方、どうもすみません<(_ _)>
で、この仮説が正しいか否か、どなたかご教示いただければ幸いです。
英語をやりに来てなんで中国語のネタやねん、という突っ込みはなしにしてね。
たまには、より慣れた外国語の話もしてみたくって。
最近またネタもたまってきたので、また近いうちに、写真付きで。
2011年7月28日木曜日
日本人家族@中華街レストラン
今日は、4日ぶりにロンドン中心部に出かけました。
で、いろいろごちゃごちゃ回った後、締めは定番の(中華)食材購入目的での中華街入り!
でも、せっかく中華街に来たのだから、ということで、今回は今まで入ったことのないとある広東料理系の店に入ったのでした。
僕たちは、最近夕食は抑え気味にしていることもあり、ローストチキン(いわゆる燒烤の類ですな)、もやしの炒め物、そして海鮮粥を二人でシェア。味はかなり薄味でしたが、サービスで来たリブ入りスープ(排骨湯)は、素材がじっくり煮込まれていてなかなかおいしかったです。
この店、偶然なのか、ロンドンの日本人コミュニティーで評判の店なのだからかは分かりませんが、僕らの周囲2テーブルも日本人でした。これはロンドンに日本人が多いとは言え、珍しい話です。で、通路を挟んで隣り合わせた日本人の4人家族は、お父さんが主導権を握りつつの品定めをしていました(いや、別に聞き耳を立てていたわけではありませんが、このお父さんの声がなかなか大きくて嫌でも耳に入ってきたのです。)。
そして、少なくとも僕の耳に入ってきた彼らのオーダー(の一部)は、
・チンジャオロース(青椒肉絲)
・焼きそば
・ジャスミンティー
で、率直な僕の感想。
…つ、つまらん…。
うーん、この感慨は、別に僕が中国人と結婚して、数年の中国生活経験があって、それゆえ必然的に中華料理経験もおそらく普通の日本人の平均以上と思われる(それゆえのいわば「上から目線」的な発想)からではありません。ただ、余りにもベタ過ぎて。これじゃバーミヤンで食うのと同じだし、味とのコストバランスからすればバーミヤンに断然の軍配が上がるような気がしてなりません(賛否両論あるでしょうが、僕は結構バーミヤンが好きです。)。中華料理、それも広東料理ならば日本人にもなじみやすいし、バリエーションも豊富なんだから、せっかく中華街で食うならもっと色々挑戦したらいいのに!って、他人事ながらとても歯がゆくなりました。
まあ、ベタという以外にも、僕は、なんかこのオーダーそれ自体に何ともいえない違和感を感じずにはいられなかったのです。それはきっと、少なくとも僕が中国で「広東料理屋」に行ったならば、絶対オーダーすることのない組み合わせだったからなのでしょう。
まずはチンジャオロース。小鴨曰く、これはもともと四川料理じゃないかとのこと(少なくとも四川では良く食べられるとのこと。)。wikiや中国語のネット上のソースを見ていると、広東料理屋でも(広東料理風のアレンジで)出されるもののようですが、確かに僕自身が広東料理屋でオーダーしたことは、記憶の限りでは一度もない(少なくとも「広東料理」として食べたいものとして眼に入らない)んですよ。
次に焼きそば。まあ、広東風の焼きそばってのもあるのでしょうが、僕の中で焼きそばといえば、あの上海風の茶色い、太くてぼわぼわしたアレ。いわゆる「上海焼きそば」です。きっとお父さんが注文したのは広東風の焼きそばなのでしょうが、ただ「焼きそば」と聞いただけでは「なぜ上海料理を?」という不思議さを感じましたし、僕が広東料理屋で「焼きそば」を注文したことも、おそらくないんじゃないかな(その代わり、焼きビーフン…特に「シンガポール風焼きビーフン」(星州炒米粉)…は僕の大好物!)。
そしてジャスミンティー。うーん、これはまあ、広東料理屋を問わずどこの中華料理屋でも用意されているお茶ですので、それはそれでいいのでしょう。ただ、僕の個人的な好みからすれば、ジャスミンティーは、比較的味の濃い料理と合わせたいな。例えば北方の料理(北京/山東)とか。ジャスミンの香りは結構個性的なので、料理自体もこれに張り合えるような濃さを求めがちになっちゃいます。
というわけで、広東料理屋では、僕は同席する人が嫌いでない限りプーアル茶を注文しています。プーアル茶、においは癖がありますが、決して食事の味を邪魔することはないんですよね。
…まあ、こんなことを言ってもただの「余計なお世話」なのでしょう。料理たるもの、みんなが食べたいものを食べて満足すればそれで十分なわけで、この家族はおそらく日本で食べ慣れているバーミヤン的なメニューを食べたかっただけなのでしょう。それに外野が口出しする権利は全くありませんよね、当たり前すぎる話ですが。
あー、俺って、我ながら嫌な奴だ。やだやだ!!
僕らはこの家族より先に店を出ましたが、きっとこの家族は、チンジャオロースと焼きそばとジャスミンティーを楽しんだことでしょう。
この家族に幸あれ!
で、いろいろごちゃごちゃ回った後、締めは定番の(中華)食材購入目的での中華街入り!
でも、せっかく中華街に来たのだから、ということで、今回は今まで入ったことのないとある広東料理系の店に入ったのでした。
僕たちは、最近夕食は抑え気味にしていることもあり、ローストチキン(いわゆる燒烤の類ですな)、もやしの炒め物、そして海鮮粥を二人でシェア。味はかなり薄味でしたが、サービスで来たリブ入りスープ(排骨湯)は、素材がじっくり煮込まれていてなかなかおいしかったです。
この店、偶然なのか、ロンドンの日本人コミュニティーで評判の店なのだからかは分かりませんが、僕らの周囲2テーブルも日本人でした。これはロンドンに日本人が多いとは言え、珍しい話です。で、通路を挟んで隣り合わせた日本人の4人家族は、お父さんが主導権を握りつつの品定めをしていました(いや、別に聞き耳を立てていたわけではありませんが、このお父さんの声がなかなか大きくて嫌でも耳に入ってきたのです。)。
そして、少なくとも僕の耳に入ってきた彼らのオーダー(の一部)は、
・チンジャオロース(青椒肉絲)
・焼きそば
・ジャスミンティー
で、率直な僕の感想。
…つ、つまらん…。
うーん、この感慨は、別に僕が中国人と結婚して、数年の中国生活経験があって、それゆえ必然的に中華料理経験もおそらく普通の日本人の平均以上と思われる(それゆえのいわば「上から目線」的な発想)からではありません。ただ、余りにもベタ過ぎて。これじゃバーミヤンで食うのと同じだし、味とのコストバランスからすればバーミヤンに断然の軍配が上がるような気がしてなりません(賛否両論あるでしょうが、僕は結構バーミヤンが好きです。)。中華料理、それも広東料理ならば日本人にもなじみやすいし、バリエーションも豊富なんだから、せっかく中華街で食うならもっと色々挑戦したらいいのに!って、他人事ながらとても歯がゆくなりました。
まあ、ベタという以外にも、僕は、なんかこのオーダーそれ自体に何ともいえない違和感を感じずにはいられなかったのです。それはきっと、少なくとも僕が中国で「広東料理屋」に行ったならば、絶対オーダーすることのない組み合わせだったからなのでしょう。
まずはチンジャオロース。小鴨曰く、これはもともと四川料理じゃないかとのこと(少なくとも四川では良く食べられるとのこと。)。wikiや中国語のネット上のソースを見ていると、広東料理屋でも(広東料理風のアレンジで)出されるもののようですが、確かに僕自身が広東料理屋でオーダーしたことは、記憶の限りでは一度もない(少なくとも「広東料理」として食べたいものとして眼に入らない)んですよ。
次に焼きそば。まあ、広東風の焼きそばってのもあるのでしょうが、僕の中で焼きそばといえば、あの上海風の茶色い、太くてぼわぼわしたアレ。いわゆる「上海焼きそば」です。きっとお父さんが注文したのは広東風の焼きそばなのでしょうが、ただ「焼きそば」と聞いただけでは「なぜ上海料理を?」という不思議さを感じましたし、僕が広東料理屋で「焼きそば」を注文したことも、おそらくないんじゃないかな(その代わり、焼きビーフン…特に「シンガポール風焼きビーフン」(星州炒米粉)…は僕の大好物!)。
そしてジャスミンティー。うーん、これはまあ、広東料理屋を問わずどこの中華料理屋でも用意されているお茶ですので、それはそれでいいのでしょう。ただ、僕の個人的な好みからすれば、ジャスミンティーは、比較的味の濃い料理と合わせたいな。例えば北方の料理(北京/山東)とか。ジャスミンの香りは結構個性的なので、料理自体もこれに張り合えるような濃さを求めがちになっちゃいます。
というわけで、広東料理屋では、僕は同席する人が嫌いでない限りプーアル茶を注文しています。プーアル茶、においは癖がありますが、決して食事の味を邪魔することはないんですよね。
…まあ、こんなことを言ってもただの「余計なお世話」なのでしょう。料理たるもの、みんなが食べたいものを食べて満足すればそれで十分なわけで、この家族はおそらく日本で食べ慣れているバーミヤン的なメニューを食べたかっただけなのでしょう。それに外野が口出しする権利は全くありませんよね、当たり前すぎる話ですが。
あー、俺って、我ながら嫌な奴だ。やだやだ!!
僕らはこの家族より先に店を出ましたが、きっとこの家族は、チンジャオロースと焼きそばとジャスミンティーを楽しんだことでしょう。
この家族に幸あれ!
2011年6月7日火曜日
LCC体験記
LCC。ご存知の方も多いと思いますが、Low Cost Carrier(格安航空会社)のことです。
というわけで、今回は飛行機のお話。
先月のヨーロッパ旅行の最後は、ピサからボーンマスまでのフライト。で、キャリアは、以前お話したように、「LCCの中のLCC」ともいうべきライアンエアーだったのでした。
いやはや、「人間を飛行機で運ぶこと」以外はなんでも別料金なことは、予約の段階から十分すぎるほど分かっていたんですが、それ以外でもすごいと思ったのは、完全自由席で、かつ、搭乗は飛行機の前後2箇所(いや、ジャンボ機のように前2つではないんです!)からで、もちろんボーディングブリッジのような金のかかるものは使いません。加えて、「定時運行したいから早く乗り込んでください!」と客に催促するに至っては、今まで僕が持っていた航空会社のサービスの概念を見事に打ち破ってくれました。
…でも、結論からすれば、僕はライアンは十分許容範囲内だな、と思いました。2,3時間のフライトならば。その程度ならば、大体離陸してちょっと一眠りすればついてしまうので、途中のサービスは特に必要ありませんし、エンターテインメントにしても、自分で本なりiPodなりもってくればいいわけですからね。
で、ボーンマスには定刻(やや早め)に到着したのですが、その時機内にファンファーレが鳴り渡り、「ライアンエアーは今回も定時運行に成功しました!」とか何とかいうアナウンス(もちろん録音済みのもの)が流れました。もちろんみんながウケたことは言うまでもありません。こういうユーモアある「演出」は、日本の航空会社では余り考えにくいかなぁ。
翻って日本では、だいぶ昔ですが、大阪から札幌までスカイマークに乗ったことがあります。まあ、日本的にはこれもLCCの類になるのでしょうが、ライアンの徹底振りから比べると、まだ甘いんじゃないかな、と思います。まあ、あの徹底振りは、確かに日本人の気性には合わないと言えばそうかもしれませんが。ただ、やたら狭かったこと(感覚的には今回のライアンよりも狭かったような気すらします。)だけは、強い印象として残っています。
そうそう、中国でもLCC乗りましたよ、最近茨城空港にも顔を出すようになった春秋航空。国慶節の時に、上海から海南島の三亜まで往復利用しました。片道約3時間ちょい?のフライトです。
少なくとも僕のLCC体験の中では、あえてこれをワーストに挙げましょう。だって、「うるさい」、「意味もなく臭う」、「狭い」、「決して安いとはいえない」、「発券システムが面倒」なんですから!
うん、これだけじゃあ妙な偏見を生んでも困るので、具体的に説明しましょう。
(1) うるさい
これ、普通の中国のキャリアなら、「客がうるさい」という意味になるのでしょうが(特に春節前の飛行機に顕著…これはこれでうんざりですが)、春秋の場合には、これが「乗務員がうるさい」ということになります。
何でか、というと、離陸後しばらくすると、フライトアテンダント(FA)が観光バスよろしく前方でマイクを持って、協賛会社の商品やオリジナルグッズを1つ1つ、テレビショッピング風に紹介するんですよ。それも時間を問わず。僕が乗ったのは、上海発夜の10時過ぎ、三亜着深夜2時ころ、というナイトフライトですが、こちらとしては機内で少しでも寝たいのに眠れない(眠らせてくれない)んです。
…想像してみてください。真夜中眠いのに、ジャパネットたかたのスタジオに閉じ込められて、煌々と光る電気の下、高田社長のセールストークを強制的に延々聞かされることを…。まだ高田社長の方がトークはずっとうまいので聞きたくなるかもしれませんが、FAにそれほどの技量などあるわけもなく…。ほんと、拷問です。
(2) 意味もなく臭う
これ、普通の中国のキャリアなら、「シートが臭う」、とか、「何日間か髪を洗っていなさそうなおっさんが近くに座っている」ということを意味するのでしょうが、春秋の場合には、「FAが売りに来る食べ物が臭う」ということになります。
機内では、食べ物は当然有料なわけですが、食にうるさい中国人のニーズに応えるべく、ほかほかのセットミールとか煮物(豆腐とか、鳥の足(もみじ)とか)がFAの押すワゴンで行き交うわけです。で、こういった食べ物には、往々にして八角とかの中国独特の香辛料が使われてますので、まあ、飛行機という機密性高い空間の中に、中国語でいう「五香味」(+α)が充満するわけです。
で、僕自身、決して中国独特の香辛料が嫌いなわけではない(むしろ好き)なのですが、飛行機の中でまで執拗に嗅ぎたいものでもありません。これにも僕はうんざりでした。
(3) 狭い
LCCの座席が狭いことはどこも共通なのですが、春秋の狭さたるや、ライアンやスカイマークの非じゃないように感じるのは気のせいなのでしょうか・・・?
(4) 決して安くない
春秋は、確かに時々びっくりするくらい安い値段を出すこともありますが、春節や国慶節のような書き入れ時には、ほとんど値段を下げません。主要なキャリアよりも気持ち安い程度。一方、主要キャリアも、場合によっては6割引とか半額とかのチケットが出ることもありますので、上記の不便を受け入れてまで春秋を選ぶインセンティブが、少なくとも僕においては働きません。かつての僕の上海事務所のスタッフも、一度春秋に乗った後、「もうおそらく2度と乗らないと思います」と言っていたことを思い出します。
(5) 発券システムが面倒
これは今はよりe-ticketの普及で改善されているのかもしれませんが、僕が乗ったころ(2008年)は、いわゆるIATAのシステムでの発券がなされないため、わざわざ春秋旅行社(春秋航空は、春秋旅行社という旅行代理店のグループ会社です。)のオフィスに行って発券してもらいました。それも、手続の不備があったようで、妙に時間がかかったことを覚えています。
…という具合なわけで、何かがない限り僕が再び春秋航空に乗ることはおそらくないとは思うのですが、それでも、中国では、今でも高い人気があるようです。上でお話したように、旅行代理店と一体になっているので、旅行社が企画するツアーに組み込むことが可能ということもあるのでしょうが、やっぱり1元でも安いのは魅力的、というのは否定しがたい事実なわけで。
ともあれ、ヨーロッパに住んでいる限りは、またいつかLCCのお世話になることもあるでしょう。
でも、最低限、安全だけには気をつけてほしいですよね!
というわけで、今回は飛行機のお話。
先月のヨーロッパ旅行の最後は、ピサからボーンマスまでのフライト。で、キャリアは、以前お話したように、「LCCの中のLCC」ともいうべきライアンエアーだったのでした。
いやはや、「人間を飛行機で運ぶこと」以外はなんでも別料金なことは、予約の段階から十分すぎるほど分かっていたんですが、それ以外でもすごいと思ったのは、完全自由席で、かつ、搭乗は飛行機の前後2箇所(いや、ジャンボ機のように前2つではないんです!)からで、もちろんボーディングブリッジのような金のかかるものは使いません。加えて、「定時運行したいから早く乗り込んでください!」と客に催促するに至っては、今まで僕が持っていた航空会社のサービスの概念を見事に打ち破ってくれました。
…でも、結論からすれば、僕はライアンは十分許容範囲内だな、と思いました。2,3時間のフライトならば。その程度ならば、大体離陸してちょっと一眠りすればついてしまうので、途中のサービスは特に必要ありませんし、エンターテインメントにしても、自分で本なりiPodなりもってくればいいわけですからね。
で、ボーンマスには定刻(やや早め)に到着したのですが、その時機内にファンファーレが鳴り渡り、「ライアンエアーは今回も定時運行に成功しました!」とか何とかいうアナウンス(もちろん録音済みのもの)が流れました。もちろんみんながウケたことは言うまでもありません。こういうユーモアある「演出」は、日本の航空会社では余り考えにくいかなぁ。
翻って日本では、だいぶ昔ですが、大阪から札幌までスカイマークに乗ったことがあります。まあ、日本的にはこれもLCCの類になるのでしょうが、ライアンの徹底振りから比べると、まだ甘いんじゃないかな、と思います。まあ、あの徹底振りは、確かに日本人の気性には合わないと言えばそうかもしれませんが。ただ、やたら狭かったこと(感覚的には今回のライアンよりも狭かったような気すらします。)だけは、強い印象として残っています。
そうそう、中国でもLCC乗りましたよ、最近茨城空港にも顔を出すようになった春秋航空。国慶節の時に、上海から海南島の三亜まで往復利用しました。片道約3時間ちょい?のフライトです。
少なくとも僕のLCC体験の中では、あえてこれをワーストに挙げましょう。だって、「うるさい」、「意味もなく臭う」、「狭い」、「決して安いとはいえない」、「発券システムが面倒」なんですから!
うん、これだけじゃあ妙な偏見を生んでも困るので、具体的に説明しましょう。
(1) うるさい
これ、普通の中国のキャリアなら、「客がうるさい」という意味になるのでしょうが(特に春節前の飛行機に顕著…これはこれでうんざりですが)、春秋の場合には、これが「乗務員がうるさい」ということになります。
何でか、というと、離陸後しばらくすると、フライトアテンダント(FA)が観光バスよろしく前方でマイクを持って、協賛会社の商品やオリジナルグッズを1つ1つ、テレビショッピング風に紹介するんですよ。それも時間を問わず。僕が乗ったのは、上海発夜の10時過ぎ、三亜着深夜2時ころ、というナイトフライトですが、こちらとしては機内で少しでも寝たいのに眠れない(眠らせてくれない)んです。
…想像してみてください。真夜中眠いのに、ジャパネットたかたのスタジオに閉じ込められて、煌々と光る電気の下、高田社長のセールストークを強制的に延々聞かされることを…。まだ高田社長の方がトークはずっとうまいので聞きたくなるかもしれませんが、FAにそれほどの技量などあるわけもなく…。ほんと、拷問です。
(2) 意味もなく臭う
これ、普通の中国のキャリアなら、「シートが臭う」、とか、「何日間か髪を洗っていなさそうなおっさんが近くに座っている」ということを意味するのでしょうが、春秋の場合には、「FAが売りに来る食べ物が臭う」ということになります。
機内では、食べ物は当然有料なわけですが、食にうるさい中国人のニーズに応えるべく、ほかほかのセットミールとか煮物(豆腐とか、鳥の足(もみじ)とか)がFAの押すワゴンで行き交うわけです。で、こういった食べ物には、往々にして八角とかの中国独特の香辛料が使われてますので、まあ、飛行機という機密性高い空間の中に、中国語でいう「五香味」(+α)が充満するわけです。
で、僕自身、決して中国独特の香辛料が嫌いなわけではない(むしろ好き)なのですが、飛行機の中でまで執拗に嗅ぎたいものでもありません。これにも僕はうんざりでした。
(3) 狭い
LCCの座席が狭いことはどこも共通なのですが、春秋の狭さたるや、ライアンやスカイマークの非じゃないように感じるのは気のせいなのでしょうか・・・?
(4) 決して安くない
春秋は、確かに時々びっくりするくらい安い値段を出すこともありますが、春節や国慶節のような書き入れ時には、ほとんど値段を下げません。主要なキャリアよりも気持ち安い程度。一方、主要キャリアも、場合によっては6割引とか半額とかのチケットが出ることもありますので、上記の不便を受け入れてまで春秋を選ぶインセンティブが、少なくとも僕においては働きません。かつての僕の上海事務所のスタッフも、一度春秋に乗った後、「もうおそらく2度と乗らないと思います」と言っていたことを思い出します。
(5) 発券システムが面倒
これは今はよりe-ticketの普及で改善されているのかもしれませんが、僕が乗ったころ(2008年)は、いわゆるIATAのシステムでの発券がなされないため、わざわざ春秋旅行社(春秋航空は、春秋旅行社という旅行代理店のグループ会社です。)のオフィスに行って発券してもらいました。それも、手続の不備があったようで、妙に時間がかかったことを覚えています。
…という具合なわけで、何かがない限り僕が再び春秋航空に乗ることはおそらくないとは思うのですが、それでも、中国では、今でも高い人気があるようです。上でお話したように、旅行代理店と一体になっているので、旅行社が企画するツアーに組み込むことが可能ということもあるのでしょうが、やっぱり1元でも安いのは魅力的、というのは否定しがたい事実なわけで。
ともあれ、ヨーロッパに住んでいる限りは、またいつかLCCのお世話になることもあるでしょう。
でも、最低限、安全だけには気をつけてほしいですよね!
2011年6月5日日曜日
俺を祝え!
昨日は、Housemateたちが誕生日パーティーを企画してくれました。これは、サプライズ企画だったようですが、3日の夜からの彼女らの行動が何となく怪しいし(例えばケーキの材料を混ぜているとか)、例のE嬢がこういうときに何もしないということはおよそ考えられないことを併せれば、「お、何かやらかそうとしてるな」ということは容易に想像がついちゃいます。でも、サプライズにあえて乗ることも、もてなされる側の礼儀なわけで。
でも、予想以上でしたよ、実際。彼女ら、炭まで買ってきてBBQまでしてくれたんですから!結果、夜中の1時ちょっと前くらいまで楽しく過ごしました。お腹も一杯過ぎるくらい一杯になったし。いずれにせよ、スイス(-フランス)人、ドイツ人、ベネズエラ人、台湾人、中国人、そして日本人が一つ屋根の下で話に興ずる、ってのも、なかなか乙なものでした。
それにしても思い返すは去年の誕生日@上海。6月1日か2日ころ、小鴨が「そういえば4日はmimakiirihikoの誕生日だよね」と言ったにもかかわらず、当日は、朝起きても、小鴨からの「Happy birthday」/「生日快楽」/「お誕生日おめでとう」の一言もありません。一方、日本の両親、兄弟、親戚からは続々とお祝いメールや電話がありましたし、オフィスのスタッフは、それこそサプライズ企画をしてくれて、みんなの「祝你生日快乐~」の歌声に包まれケーキを食べたりしたのでした。
で、夕方、僕は小鴨に、ちょっとしたところで飯を食うか、それとも泰康路とか新天地あたりで一杯やるかといって小鴨にそれとなく話題を振ってみたんです(実は、その時は、仕事着も普段よりはややいいものを着ていました。これは小鴨も今でも多分知らない事実)。
でも、当時上海万博のジャパンウィークを目前に控えて忙しかった小鴨には、僕の必死の間接的アピールは一向に届かず、「疲れた、家の近くで食べて早く帰りたい」との一点張りで、結局、家の近くの広東料理屋(※)で食事をしました。もしかしたら最後にサプライズを用意しているんとちゃうか、と淡い期待も抱いてみたのですが、待てど暮らせど一向にサプライズは現れません。で、最後のお粥も啜り終わったところで、小鴨が職場の人の話を滔々としていたところ、職場の誰かの誕生日とかいう話になり…
(※)広東料理屋とはいっても、いわゆる「茶餐庁」っていうところで、大衆食堂です。実際、料理はプラスチックのお皿で出てきますし、お茶も(かの上海の)水道水を沸かしたお湯で淹れる(つまり、お茶がまずい)ようなところです。
「…(数秒)…あ、あーっ!!ごめーん」
……
…
ほんまに忘れててんや、我がヨメ。。。
いや、30台後半ともなれば、誕生日を祝ってほしいなどとはあまり思わなくなるのですが(それに男はそもそも誕生日にそれほどの思い入れもないんじゃないかな?)、こうも周りのみんながしっかり覚えているにもかかわらず、いつも一番近くにいる小鴨だけが完全に忘れていることがなんとなく悲しかっただけなんです。
===
さて、それから時は流れて1年後。
今回は、更にインターナショナルな雰囲気の中で楽しい誕生日を過ごしたわけです。
小鴨といえば、最近凝りだしたピザを生地から作り、これはこれでおいしかったです。
…とまあ、ここまでは良いのですが…
昨日は、朝起きてから何度も何度も「happy birthday」を繰り返します。そんなに言われたらありがたみがなくなると文句を言ったところ、小鴨は、
「これで後10年言わなくても大丈夫でしょ?」
…orz
で、みんなで食事中、当然去年の話をネタにするわけですが、その時、小鴨曰く、
「去年のことがあったからこそ、今年はよりありがたみを感じるでしょ?」
…(T_T)
でも、予想以上でしたよ、実際。彼女ら、炭まで買ってきてBBQまでしてくれたんですから!結果、夜中の1時ちょっと前くらいまで楽しく過ごしました。お腹も一杯過ぎるくらい一杯になったし。いずれにせよ、スイス(-フランス)人、ドイツ人、ベネズエラ人、台湾人、中国人、そして日本人が一つ屋根の下で話に興ずる、ってのも、なかなか乙なものでした。
それにしても思い返すは去年の誕生日@上海。6月1日か2日ころ、小鴨が「そういえば4日はmimakiirihikoの誕生日だよね」と言ったにもかかわらず、当日は、朝起きても、小鴨からの「Happy birthday」/「生日快楽」/「お誕生日おめでとう」の一言もありません。一方、日本の両親、兄弟、親戚からは続々とお祝いメールや電話がありましたし、オフィスのスタッフは、それこそサプライズ企画をしてくれて、みんなの「祝你生日快乐~」の歌声に包まれケーキを食べたりしたのでした。
で、夕方、僕は小鴨に、ちょっとしたところで飯を食うか、それとも泰康路とか新天地あたりで一杯やるかといって小鴨にそれとなく話題を振ってみたんです(実は、その時は、仕事着も普段よりはややいいものを着ていました。これは小鴨も今でも多分知らない事実)。
でも、当時上海万博のジャパンウィークを目前に控えて忙しかった小鴨には、僕の必死の間接的アピールは一向に届かず、「疲れた、家の近くで食べて早く帰りたい」との一点張りで、結局、家の近くの広東料理屋(※)で食事をしました。もしかしたら最後にサプライズを用意しているんとちゃうか、と淡い期待も抱いてみたのですが、待てど暮らせど一向にサプライズは現れません。で、最後のお粥も啜り終わったところで、小鴨が職場の人の話を滔々としていたところ、職場の誰かの誕生日とかいう話になり…
(※)広東料理屋とはいっても、いわゆる「茶餐庁」っていうところで、大衆食堂です。実際、料理はプラスチックのお皿で出てきますし、お茶も(かの上海の)水道水を沸かしたお湯で淹れる(つまり、お茶がまずい)ようなところです。
「…(数秒)…あ、あーっ!!ごめーん」
……
…
ほんまに忘れててんや、我がヨメ。。。
いや、30台後半ともなれば、誕生日を祝ってほしいなどとはあまり思わなくなるのですが(それに男はそもそも誕生日にそれほどの思い入れもないんじゃないかな?)、こうも周りのみんながしっかり覚えているにもかかわらず、いつも一番近くにいる小鴨だけが完全に忘れていることがなんとなく悲しかっただけなんです。
===
さて、それから時は流れて1年後。
今回は、更にインターナショナルな雰囲気の中で楽しい誕生日を過ごしたわけです。
小鴨といえば、最近凝りだしたピザを生地から作り、これはこれでおいしかったです。
…とまあ、ここまでは良いのですが…
昨日は、朝起きてから何度も何度も「happy birthday」を繰り返します。そんなに言われたらありがたみがなくなると文句を言ったところ、小鴨は、
「これで後10年言わなくても大丈夫でしょ?」
…orz
で、みんなで食事中、当然去年の話をネタにするわけですが、その時、小鴨曰く、
「去年のことがあったからこそ、今年はよりありがたみを感じるでしょ?」
…(T_T)
2011年4月14日木曜日
黒い塊
上海にいたころ、僕は、オフィスに常時7,8種類の中国茶を常備していました。鉄観音、西湖龍井、蛾眉毛峰、プーアル、祁門(キーマン)、などなど。
で、僕が事務所に出社すると、スタッフが早速やってきて「先生, 今天你喝什么茶?(今日はどのお茶にしますか?)」と尋ねるのが毎朝の恒例行事でした。…いや、今では日本では女性スタッフにお茶汲みさせるのは色々問題があるようですが、うちのスタッフは、完全な好意でやってくれてました。逆に自分で入れたりしていると、「私がやりますよ~、させるのは申し訳ないです」というくらい。なので、彼女らにはいつも感謝、感謝でした。ほんと、仕事でいろいろあったことを除けば、いいオフィスだったな、と改めて懐かしく思います。
で、上海離任時、スタッフたちが僕のために送別会をやってくれて、そのときにくれたのが西湖龍井。曰く、「イギリスでは中国茶が手に入らないでしょうから、お茶好きなあなたにはつらいでしょう」とのこと。西湖龍井クラスとなれば、決して安いものではないはずなのですが、それでもこうやって気を利かせてくれた同僚たちに、本当にありがたく思ったものです。
そして、イギリスに来てはや8か月目。ここは紅茶の国ということもあり、紅茶もかなりの割合で飲んでいますが、それでもやっぱり飲みなれたお茶の方がなんだかほっとする、というのは致し方ないところで、件の西湖龍井もいいペースで飲んでいます。西湖龍井は、中国の緑茶の中で僕が一番好きな種類ですしね。
で、ある日も同じように上機嫌で西湖龍井の缶から茶葉をコップに入れてお湯を注ぎ、春に萌え出でた若葉のような香りを楽しんでいた…
…のですが…
まだ沈みきっていない茶葉と共に、何か黒い塊を発見!扁平で、1センチ弱、ところどころひびが入っているかのように白い部分も見えています。
何!これゴキブリの子?!、とかなりびびりましたよ。なにせゴキブリは、子供のころにこいつが僕に向かって飛んできて以来のトラウマですから。
でも、手にとってよーく見てみると、これがまあスイカの種。
おそらくお茶を煎っていたおっさんがスイカでも食べていたのでしょう。で、種を吐き出す場所をちょっとミスったのでしょう。そう、杭州の龍井村でも見ましたが、お茶を煎る作業は、大体農家の軒先で各家がやるものなので、まあ、こういった「事故」が起こりうることも全く不自然じゃないわけで。
このような事態に直面したとしても、当方、中国に合計6年近く住んでおり、ちょっとやそっとの「食品事故」にはめげるものではありません(むしろ、今の都会の中国人のほうがこの点によりナーバスなくらいです)。いままでも、おばちゃんの指が漬かった熱々の麺や、ごく小さい羽虫が1匹浮かんだワンタンなどもめげずに食してきました。ただ、今回は、なぜかどうしても龍井村の農家のおっさんの顔が頭に浮かんでしまい、「加熱殺菌され、かつ、乾燥しているので問題はない」とは分かっていても、さすがにその時入れた茶葉はコップから捨ててしまいました。あーもったいない。
でもでも、まだ残っている茶葉にはなーんにも罪がありませんので、今も僕の横には西湖龍井がかぐわしい湯気を立てています。
さあ、スタッフの心意気を感じながらいただきましょう…。
で、僕が事務所に出社すると、スタッフが早速やってきて「先生, 今天你喝什么茶?(今日はどのお茶にしますか?)」と尋ねるのが毎朝の恒例行事でした。…いや、今では日本では女性スタッフにお茶汲みさせるのは色々問題があるようですが、うちのスタッフは、完全な好意でやってくれてました。逆に自分で入れたりしていると、「私がやりますよ~、させるのは申し訳ないです」というくらい。なので、彼女らにはいつも感謝、感謝でした。ほんと、仕事でいろいろあったことを除けば、いいオフィスだったな、と改めて懐かしく思います。
で、上海離任時、スタッフたちが僕のために送別会をやってくれて、そのときにくれたのが西湖龍井。曰く、「イギリスでは中国茶が手に入らないでしょうから、お茶好きなあなたにはつらいでしょう」とのこと。西湖龍井クラスとなれば、決して安いものではないはずなのですが、それでもこうやって気を利かせてくれた同僚たちに、本当にありがたく思ったものです。
そして、イギリスに来てはや8か月目。ここは紅茶の国ということもあり、紅茶もかなりの割合で飲んでいますが、それでもやっぱり飲みなれたお茶の方がなんだかほっとする、というのは致し方ないところで、件の西湖龍井もいいペースで飲んでいます。西湖龍井は、中国の緑茶の中で僕が一番好きな種類ですしね。
で、ある日も同じように上機嫌で西湖龍井の缶から茶葉をコップに入れてお湯を注ぎ、春に萌え出でた若葉のような香りを楽しんでいた…
…のですが…
まだ沈みきっていない茶葉と共に、何か黒い塊を発見!扁平で、1センチ弱、ところどころひびが入っているかのように白い部分も見えています。
何!これゴキブリの子?!、とかなりびびりましたよ。なにせゴキブリは、子供のころにこいつが僕に向かって飛んできて以来のトラウマですから。
でも、手にとってよーく見てみると、これがまあスイカの種。
おそらくお茶を煎っていたおっさんがスイカでも食べていたのでしょう。で、種を吐き出す場所をちょっとミスったのでしょう。そう、杭州の龍井村でも見ましたが、お茶を煎る作業は、大体農家の軒先で各家がやるものなので、まあ、こういった「事故」が起こりうることも全く不自然じゃないわけで。
このような事態に直面したとしても、当方、中国に合計6年近く住んでおり、ちょっとやそっとの「食品事故」にはめげるものではありません(むしろ、今の都会の中国人のほうがこの点によりナーバスなくらいです)。いままでも、おばちゃんの指が漬かった熱々の麺や、ごく小さい羽虫が1匹浮かんだワンタンなどもめげずに食してきました。ただ、今回は、なぜかどうしても龍井村の農家のおっさんの顔が頭に浮かんでしまい、「加熱殺菌され、かつ、乾燥しているので問題はない」とは分かっていても、さすがにその時入れた茶葉はコップから捨ててしまいました。あーもったいない。
でもでも、まだ残っている茶葉にはなーんにも罪がありませんので、今も僕の横には西湖龍井がかぐわしい湯気を立てています。
さあ、スタッフの心意気を感じながらいただきましょう…。
2011年3月24日木曜日
江南春
江南春。きっと多くの人が高校の漢文の時間に出会ったことのあるはずの杜牧の傑作です。
⇒「江南」と聞いてソウルしか思い出せないアナタ!相当の韓流中毒のようです。ほかにも関心分野を広げましょう。
⇒「江南春」と聞いて「剣南春の間違いではないか?」と思ったアナタ!相当の白酒(バイチュウ)中毒のようです。ついでに僕のために一瓶送ってください。
ともあれこの絶句、とてもシンプルな構造にもかかわらず、読み下したときの言葉のリズムのよさや、とても絵画的な描写(なんとなくゴッホが描いたプロバンスの風景に相通ずるものがあるように感じるのは、気のせいでしょうか?)が僕の感性に妙にしっくりするのです。
そして、この詩は、いろんなところで僕に影響を及ぼしてきたのが面白いな、と。
まず1998年に始めて中国に行ったときにあえて春の上海・蘇州を選んだのは、この詩のことが頭から離れなかったからにほかなりません(うーん、「夜来香」と「蘇州夜曲」も重要な要素なんだけどね。)。
で、中国人と交流するようになってからも、「僕は漢文に興味があって、杜牧の江南春など好きですよ」なんてことを一言言ったらものすごく喜ばれたことも一度や二度ではなく(いうまでもなく、この詩は中国人にもとても有名です。)、その意味で中国人とのコミュニケーションの潤滑油にもなってくれました。
もちろんこの詩、現代中国語で読んでもgoodです。現代中国語は唐代の発音とはかなり違うので詩の中には現代中国語で読んでもしっくり来ないものもありますが、この詩は現代中国語でもリズムが良いような気がします。
で、杜牧が描いた風景、具体的にどこなのか、浅学の僕には分かりませんが、僕の個人的な経験の中からでは、紹興あたりがなんとなくしっくりくるかなかぁ(まあ、家族で出かけて、親父と昼から紹興酒を飲んだくれた良い思い出があるからかもしれませんが)。
そして今日。授業中にふと思い出してしまったんです。江南春。
そういえば季節は既に春。といってもここはアジアとは全く違う雰囲気ですが、僕の一番好きな季節であることには間違いなく、ふと授業中のノートに書き出してしまったんです。
今年の現実の春は、少なくとも日本の場合には、浮かれている場合ではないのかもしれませんが、それでも、絵や音楽、そしてこのような文学の中にこっそりと春を感じてみても良いのではないでしょうか。
江南春 杜牧
千里鶯啼緑映紅 千里 鶯啼きて 緑 紅に映ず
水村山郭酒旗風 水村山郭 酒旗の風
南朝四百八十寺 南朝 四百八十寺(※)
多少楼台煙雨中 多少の楼台 煙雨の中(うち)
※たしか、「しひゃくはっしんじ」と読むんですよね、ここでは。
* * *
そうそう、最近、クラスメイトの全員がなんだか眠そうなんですよ。
ヨーロッパの学生などは、クラビングに忙しいのかもしれませんが、ともあれみんなお疲れモード。
まあ、僕も春はいつもそうだよな、と思っていたら、おなじみのこのフレーズが…
春眠不覚暁 (春眠暁を覚えず)
…おお、孟浩然さん、1年ぶりのお出ましで。
⇒「江南」と聞いてソウルしか思い出せないアナタ!相当の韓流中毒のようです。ほかにも関心分野を広げましょう。
⇒「江南春」と聞いて「剣南春の間違いではないか?」と思ったアナタ!相当の白酒(バイチュウ)中毒のようです。ついでに僕のために一瓶送ってください。
ともあれこの絶句、とてもシンプルな構造にもかかわらず、読み下したときの言葉のリズムのよさや、とても絵画的な描写(なんとなくゴッホが描いたプロバンスの風景に相通ずるものがあるように感じるのは、気のせいでしょうか?)が僕の感性に妙にしっくりするのです。
そして、この詩は、いろんなところで僕に影響を及ぼしてきたのが面白いな、と。
まず1998年に始めて中国に行ったときにあえて春の上海・蘇州を選んだのは、この詩のことが頭から離れなかったからにほかなりません(うーん、「夜来香」と「蘇州夜曲」も重要な要素なんだけどね。)。
で、中国人と交流するようになってからも、「僕は漢文に興味があって、杜牧の江南春など好きですよ」なんてことを一言言ったらものすごく喜ばれたことも一度や二度ではなく(いうまでもなく、この詩は中国人にもとても有名です。)、その意味で中国人とのコミュニケーションの潤滑油にもなってくれました。
もちろんこの詩、現代中国語で読んでもgoodです。現代中国語は唐代の発音とはかなり違うので詩の中には現代中国語で読んでもしっくり来ないものもありますが、この詩は現代中国語でもリズムが良いような気がします。
で、杜牧が描いた風景、具体的にどこなのか、浅学の僕には分かりませんが、僕の個人的な経験の中からでは、紹興あたりがなんとなくしっくりくるかなかぁ(まあ、家族で出かけて、親父と昼から紹興酒を飲んだくれた良い思い出があるからかもしれませんが)。
そして今日。授業中にふと思い出してしまったんです。江南春。
そういえば季節は既に春。といってもここはアジアとは全く違う雰囲気ですが、僕の一番好きな季節であることには間違いなく、ふと授業中のノートに書き出してしまったんです。
今年の現実の春は、少なくとも日本の場合には、浮かれている場合ではないのかもしれませんが、それでも、絵や音楽、そしてこのような文学の中にこっそりと春を感じてみても良いのではないでしょうか。
江南春 杜牧
千里鶯啼緑映紅 千里 鶯啼きて 緑 紅に映ず
水村山郭酒旗風 水村山郭 酒旗の風
南朝四百八十寺 南朝 四百八十寺(※)
多少楼台煙雨中 多少の楼台 煙雨の中(うち)
※たしか、「しひゃくはっしんじ」と読むんですよね、ここでは。
* * *
そうそう、最近、クラスメイトの全員がなんだか眠そうなんですよ。
ヨーロッパの学生などは、クラビングに忙しいのかもしれませんが、ともあれみんなお疲れモード。
まあ、僕も春はいつもそうだよな、と思っていたら、おなじみのこのフレーズが…
春眠不覚暁 (春眠暁を覚えず)
…おお、孟浩然さん、1年ぶりのお出ましで。
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