2013年4月6日土曜日

本当に、お久しぶり。from東京 復活の巻

さてさて、ドバイからのブログを書いて以来何か月振りでしょうか!
あれが8月の下旬だったから、7か月半振りですね。

ブログってのは一旦書かなくなると、なんかめんどくさいというか、日常の別のことに気を取られてしまってついつい後回しになりがちですよね。そうやってこのブログを消滅させるのもなんか癪なので、きっと誰も見ていないとは思うけど、再開することにします。

そうだな、日本に戻ってきてからの僕は、帰国翌日に家を探して契約し(ま、事前にある程度根回ししていたわけではありますが)、オフィスに戻ってなし崩し的に仕事に巻き込まれ、留学で得たものの裏で失った(仕事上の)ものの大きさに打ちのめされそうになりながらも新機軸を模索するようになり・・・という具合でなんとかここまでやってきました。
それにしても、7年間日本での生活の基盤がなかったということは、つまりその間に普通の人なら持っているべきものを全く持っていなかったということを意味するわけで(それに7年前は独身、今は既婚者!)、完全私費留学帰りのおサイフには至って厳しい出費があまたありました。それこそ家具や家電から始まり、最後はクルマまで買ってしまいました(まあ、クルマはおまけのようなものですが。)。

帰国してしばらくは、日本で生活することそれ自体に違和感があって、一時帰国的な気分から抜け出せない状態が続きました。生活のすべてが日本語だけで処理できてしまうことについてもなんだか変な感じがしてなりませんでした。最近かな、ようやくそんな違和感が薄れてきたのは。

ともあれ、これからも(留学時代のような頻度はないと思いますが)折に触れて書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします!

2012年8月21日火曜日

留学の終わりはアラビアン・ナイト(その2)のはずが・・・

いや、留学の最後は心置きなく完全フリーの時間を過ごすつもりだったのに、なんか職場への正式復帰日以前から、というよりは帰国翌日から(=家すらなくそれを探し出す日から)なし崩し的に仕事やその他の雑務が入ってきていて、それのことや、復帰前に処理すべき諸々の事項に関連する雑務を処理しているうちにこんな時間(今はドバイ時間の2時前)になってしまいました。

一体何やねん、と嘆きたくなりますが…。

ほんとはいろいろと今日の出来事や雑感を書きたかったのですが、時間も時間なので、概略を書いておきます。

朝起床。朝食をとる。
11時頃、ブルジュ・カリファの横のショッピング・モールに行ってみる。噂にたがわずでかいし、世界のブランドは一通りそろっている。

15時前に戻り、メールを見てブルーに。

15時半頃、食事もしていなかったので、なんちゃらクラブのアフタヌーンティーを食べる。でも、次の予定までの時間が短く、まさにgrabという言葉が似合う優雅さのなさ。

16時半、砂漠サファリツアーに出発。トヨタのランドクルーザーが大活躍!いや、その過酷なオフロードツーリングは中途半端なジェットコースターよりも面白い。食事も悪くなく、ベリーダンスのおねーちゃんの豊満だけど鍛えぬいたお腹にセクシーさよりもむしろ男前を感じる。砂漠で見る満点の星は申し分なし。久しぶりに見た天の川。ちゃんと視認できた南斗六星。夏の大三角が天頂に輝き、アラビア語由来の星の名前をアラブで見るという小粋さにちょっとうっとり。

22時ホテル戻り。ロンドンで買って砂漠サファリに履いていってしまった新品のスエードの靴に油染みを発見、小鴨に怒られまくる。それでも「俺の金で買うたんじゃ」と逆切れしつつ(でも心で半泣きになりつつ)やけくそででかいバスタブに湯を張って入浴。FTを読み始めるも、先に手をぬらしてしまっていたがために新聞がぶよぶよになる。

入浴後、コーヒーを飲みながらメールベースでの各種雑務を処理。現在に至る。

今日はこのくらいにしておきますが、最後に一言。
砂漠からの帰り、ドバイの街並みが近づいてくると、その高層ビル群は、本当に砂漠に立ち上る蜃気楼のようで、幻想的ですらありました。
でも、こういった繁栄は、もしかしたら本当に蜃気楼のようなものなのではないか、仮に30年後にここを立ち寄ってもまだこのような繁栄を謳歌し続けているのだろうか、と思わずにはいられませんでした。
いや、それはドバイに限った話ではないのですが、急速な発展というのは、どこかもろさのようなものを感じずにはいられないのです。それは、単なる嫉妬なのでしょうか、それとも本質なのでしょうか?

うーん、眠い、寝るぞ!

2012年8月20日月曜日

留学の終わりはアラビアン・ナイト(その1)

ちょうど24時間前、僕らはロンドンを後にしました。
ヒースローでは、エミレーツ航空の今まで経験したことがないほどの手荷物重量の厳しさにやられてしまい、空港で更に荷物を捨てたり、見送りに来てくれたE嬢夫妻にあげたりと大騒ぎだったのですが、とにもかくにもドバイ行きEK004便に乗り込みました。

EK004便はかの総二階建てのエアバスA380。でも、機内はいくつかの区画(Zone)に分かれていて、1つのZone自体はそんなに大きい印象を与えないのですが、それでも、飛行機が加速を始めて離陸をする時のゆったりした感じ(というか「よっこらしょ」という感じは、ここ2年ヨーロッパでの移動でお世話になっていたエアバスの短通路型の飛行機の必死にギュイ~ンと上昇する感覚とは全く違います。たまにゃこんな飛行機も悪くないな、と思ったわけです。

でも、機内では、なぜか寝ることが出来ず、そうだな、1時間半ほどうとうとしたくらいかな。
飛行機は、ロンドン→パリの北→ブリュッセル→プラハの近く→アナトリア半島→バグダッド→バスラと飛び、朝の6時半、ドバイに到着。7時間弱のフライトなので、ちょうど日本からシンガポールに行く距離のようなものです。そう考えればイギリスと中東、かなり近いですよね。意外とびっくり。

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さて、今回ドバイに寄ったのは、たまたま日本に買える片道切符が一番安かったのがドバイ経由のエミレーツ便だったことに加え、ただ乗換えだけじゃ面白くないのでストップオーバーをしてみようという、全くの偶然の産物です。それでも、留学の最後はちょっとゴージャスに決めようと思い、思い切って5つ星のホテルを取りました(ま、ドバイにゃ7つ星もありますけどね。ちなみに、その宿泊代を今回の飛行機の料金にプラスしても、ロンドン―東京直行便片道二人分の料金よりも安かったはず。)。その名もラッフルズ・ドバイ。シンガポール・スリングで有名なシンガポールのあのホテルのドバイ支店です。
以前シンガポールに行った時、ラッフルズ(のおみやげ物屋)に寄ったのですが、その風格を目の当たりにして、「いつかはこのホテルに見合う自分になりたい」と思ったものでした。もちろん経済力も含めてね。
それから数年。決してそのような風格に見合うだけの自分になったとはいえないのですが、英国での生活を経て、また、物理的にも少し齢を取り、加えて、シンガポールのそれよりも宿泊料金が安かったこともあり、一度このホテルに泊まってみよう、ということにしたわけです。で、予約は、僕が論文やら試験やらでばたばたしたこともあり、小鴨が手配しました(もちろん料金については僕の決裁事項でね。)。

…で、僕らがグランド・フロアに入ると、どうも小鴨が手配したそれはなんちゃらクラブとかいうエグゼクティブ向けのものだったらしく、丁重に10階に通されると、寝不足で疲れた顔をしている二人にはそれはそれは丁寧なチェックイン手続+専従のバトラーによる部屋の説明がありました。ヨーロッパでは、B&B的旅行をし続けてきた我々にとってはややお尻がむずがゆくなるような丁寧さと快適さではありましたが、こういう雰囲気の場数を踏むこともまた人生において必要だ、なんてことを言い合う貧乏性の二人なのでした。
それでも、英語が少しは出来るようになった甲斐は、こういった場所でも感じることができます。というのも、相手の英語での応対にこちらもそれなりに自然なコミュニケーションができるという「安心感」が、こういうハイソなシチュエーションでも決して怖気づかない度胸のようなものを与えてくれたような気がするから。

でもね、ホテルも含め「高級」であるってのは、案外不自由だな、って思いました。それは、こんな話。

夕方外出して夕食を食べようと思い、1階のコンシェルジュに「どこかいい店はないか」と聞いたのです。これは、僕らがヨーロッパで得た経験の1つで、宿の人に近所の安くてうまい店を聞くと、彼らが紹介するそれらは余り間違いがなかったのです。というわけで、そうすることが習慣になっていたのです。
果たして、ラッフルズのコンシェルジュはいろいろと店の名前を挙げてくれたのですが、いずれも高級感+いい雰囲気の店ばっかりで、僕らが求めているような店ではありません。なので、僕は、「僕らが一番重要なのは味であって、雰囲気や高級感はあまり重要視していない。そういったレストランでお勧めのところはないか」と聞いたら、コンシェルジュのガブリエルさん(おそらく本名はジブリールさんなんでしょうね。)は困った表情を浮かべ、

「当ホテルは5つ星ホテルでございますので、お客様にご紹介するべきレストランも相応のものとならざるを得ないのです」

なんてことを言うのです。ほんとはガブさんにだって自分のお気に入りの店とか絶対あるはずなのに。ま、こんなリクエストをする客などはまずいないかもしれないのだけど。

で、結局ガブさんが勧めてくれたある別の5つ星ホテルの最上階っぽいところにあるレストランに行ったのですが、そのホテル自体上海にもあるアメリカ系ホテルチェーンで、レストランの雰囲気は上海のそのホテルの56階か何かにあるイタリア料理屋のような雰囲気と変わりません。加えて食事はブッフェスタイル。味は決してまずいわけではないのですが、僕らが今までヨーロッパ旅行で経験した「感動」からははるかに遠いものでした。うん、これならどこでもあるよね、って。

ちなみに、そのホテルには、ラッフルズのベルボーイが手配してくれたハイヤー(メータータクシーじゃないんですよ!)で向かうという、日本でもしたことがない贅沢さ。これも貧乏性の二人にはお尻がむず痒くなる所業ですが、まあ、今回くらいバブリーでもいいじゃんと互いを慰めます。でも、この運ちゃん自体はなかなか気さくな人で、そのホテルの近くにある市場を指してこんなことを言ったのです。

「これは魚市場だよ。カタール辺りからのお客にどこかうまいところはないか、と聞かれたら、俺はよくここを紹介してるよ。ここでは魚を買ってどう料理するかを指示して食べることができるんだ♪」

とのたまうではありませんか! 運ちゃんも英語がやや怪しいので、僕らの質問の趣旨を聞き間違えているかもしれないのですが、もし運ちゃんの言うことが正しければ、我々の求めているものはむしろそういうものであったわけで…。

で、(コストパフォーマンスを含めて)不満の残る夕食を終えてその周りの下町っぽいところをふらふらした後ホテルに帰ったのですが、タクシーがなかなか捕まらなかったこともあり、最近出来たばっかりでピカピカの、でも客がいなくておそらく赤字必至の(でもそんなのこの国では関係ないんでしょうね。)地下鉄に乗りホテルに戻りました。でも、この種のホテルに泊まる客なんてそもそも公共交通機関など使わないんでしょう。そういえば、チェックインのときも、「そういえばこの近くにも鉄道の駅がありますよね。それで行けば安くなるんじゃないですか?」と僕が言ったら応対していたホテルの人が「あんた、そんなのに乗るの?」って感じでびっくりしたような顔をして、「乗り換えなどもあったりして面倒なので、タクシーの方が便利ですよ。」と言ったのが印象的でした。ともあれ、全身に汗かいてホテルに戻ってくると、クーラーがしっかり効いたロビーではみんな涼しげな顔で歓談しています。豪華かつ居心地のよい部屋に戻ると、ふんだんに使い放題の真水のホットシャワーで汗を流し…。

今日に限って言えば、ドバイの印象は、どこか「伸び行く中国の最先端都市」を髣髴とさせるようなものでした。そしてふと思わずにはいられなかったこと。


「豊かさ」とは何だろう?

…この都市であと48時間ほど考えてみようと思います。

2012年8月19日日曜日

ロンドン最後の夜

ほんと、ものすごく間隔が空いてしまいました。
この間何をしていたかを要約すると、
・5月の末に試験が終わった。
・6月の初旬にスペイン(バルセロナ&グラナダ)に1週間ほど旅行し、ガウディの建築群とアルハンブラ宮殿とすばらしきスペイン料理に感動。
・スペインから戻ってきてからは論文をひたすら書き続ける。当初はメインでない論点でもたつきまくり、その後も遅々として進まない状態が続き、7月頭で3500語/15000語。その後もとにかく調べて書いてを繰り返し、昼と夜とが逆転しながら7月26日にとりあえず形を作る。但し2000語オーバー。その後は削除しながら推敲を繰り返すが、直せども直せども誤りが見つかり半狂乱に。
・論文の一方で、とある新しい言語の学習を始めたが、論文が忙しくなりすぎて1か月でギブアップ(これはこれからの継続案件となります。)。
・8月2日に論文提出を予定し、かつ、一応の形が出来上がったように見受けられたものの、今一度形式面のチェックをする必要があると思い、もともと予定していた8月3日から8日までのローマ・リスボン旅行に論文も連れて行く。結局、昼は観光、夜は論文推敲となったのだが、貫徹1回、超深夜帯睡眠複数回と、仕事顔負けの状態に。それでも出てくるわ出てくるわのミステイク。
・ヘロヘロになりながら8日にロンドン戻り。その夜も4時頃まで格闘。翌朝もまだ基本的な部分でのミステイクが発見されたりしながらも、とりあえず全部見たということで製本→押し付けるようにして提出。
・提出したその足でグリニッジに行って、オリンピック馬術のドレッサージュ決勝を観戦。すっかり腕を日焼けする。
・翌10日は、ロンドンにやってきた職場の同僚とカーディフにフットボール男子3位決定戦を観戦。君が代を心を込めて歌い応援に臨んだものの見事な敗戦。周囲にはこれだけのために日本からやってきたマジもののサポーターたちがいて、「日本代表のために命を賭けている人たち」が本当にいることを改めて確認した。弾丸ツアーだったので、ロンドンには深夜2時戻り。
・11日からはスイスのE嬢夫妻が我々の見送りのために来英。続けて12日には台湾のC嬢夫妻(新婚旅行!)が来英。以後、6人が一つ屋根の下すごすことに。
・そうは言っても引越しの準備をしなければならず、こちらもあたふた。
・そのくせ2度目のオペラ座の怪人などを見てしまったりする。
・そのくせ15-16日、みんなでボーンマスに行って語学学校の先生やスタッフと会ったりして、その上1泊したりする。
・17日にフラットをクリーニング業者に明け渡し、我々はリッチモンドのフラットに移動。リンゴの木のある庭の風情は申し分ないが、前日寝冷えした僕は激しい下痢に悩まされる。
・18日、元のフラットを正式にチェックアウト。お世話になった日本人の美容師のところで最後のヘアカットをし、リッチモンドに戻ってみんなで夕食をして今に至る。

うーん、こう並べてみても本当にいろいろなことがありました。でも、やることが多すぎてブログを書く気力がなかったのでした(まあ、フェイスブックには時折書き込んでいましたけどね。)。

でも、2年の留学も、これが本当に最後の夜となりました。
明日の夕方、僕たちはロンドンを発ち、ドバイでストップオーバーして、23日に成田着です。

最後の1週間は、E嬢・C嬢夫妻と一緒でなかなかしみじみとロンドンの最後を味わう時間はありません(今もありません)が、それでも、今日は精一杯最後のロンドンを目に焼き付けようと、美容院からリッチモンドに戻る途中、ホルボーンで下車して大学の辺りなどを少しふらつきました。確かに自分はこのロンドンの街に足跡を残したのだと、自らの足元を確かめつつ。

それにしても、この2年間の留学は、僕たちにとても大きいものを残してくれたように思います。
もう、それは「体で感じるもの」であって、なかなか言葉では言い尽くせません。
ただ1つ言えることは、今がイギリスからアジアに戻るちょうどよい潮時だということ。そうでなければ、ロンドンを本当に離れたくなくなってしまいそうで。

来る前のイギリスに対する僕のイメージは、「老いた大国」で、大英帝国の遺産を食い潰しつづけている国、というものでした。そして、それはある一面では正しいとも今でも思います。
でも、イギリスはそれと同時に、「常に新しいものを生み出そうとする、ビート感のある国」であるということも感じずにはいられません。特にロンドンは。この国、意外に(?)クリエイティブなのです。そういったイギリスの奥深さに魅力を感じずにはいられない生活でした。

そして、自分の生き方についても、いろいろ考えることも多かったかな。そして、得られた結論は、「やっぱり僕には『攻める人生』しかないのだろうな」ということでした。40も近くなれば、人間往々にして守りに入るのが普通ですし、僕自身も今回の留学までが自分の人生の「インプット期間」であって、後は自分のある環境の中でそれを守る人生を送るべきだと考えていました。

…でも、それは、僕には当てはまらなかったようです。

どうも、この留学は、何かの終わりではなく、これからの始まりのための出発点(ないしは準備作業)のようなものだったようでした。
これからも僕は、やっぱり自分の可能性を求めてただただ積極果敢に攻めていけるだけ攻めるしかないようです。これに関しては、決して楽な人生ではないだろうな、と思いつつも、それしか道がないのだと、もう覚悟は決めました。

ずっと間隔が空いた分、思ったことの3割も書けていませんが、それでもかなりの長文になってしまいました。
明日の朝は荷物を再整理して、空港に行って、友人たちと別れを交わすことになります。

ロンドン最後の夜。
横で既に眠りに落ちている小鴨の顔を見ながら、改めてこの留学の成功を、ささやかに、でも、確信を持ってここに宣言いたしましょう。

ありがとう、イギリス。
また会おう、ロンドン。

2012年5月20日日曜日

火の人間、水への憧憬

またまたすっかり間隔が空いてしまいました。
10日に2つ目の試験を終えて、残すは30日の最後の試験。で、今は絶賛準備中…なのですが、今回の3つの試験は三者三様で勉強の方針が違うのがいやらしいったらありゃしません。ま、1つ1つの違いを具体的にお話しても面白くないので省略しますが、次のやつに限って言えば、「教科書やハンドアウトをそのまま覚えても試験問題に答えることはおよそ不可能」と言ってよいと思います。
で、やるべき対策としては、それぞれのトピックに対して自分自身で(ないしは授業中に先生が話した)問題意識を設定した上でそれに沿ったトピックの分析を行っていく、という形にならざるを得ないと思うのですが、この作業、それ自体は「研究している感覚」があってつまらなくはないのですが、さりとて決して楽じゃあありません。ま、1か月とか2か月それにかかりきりになれるのならばまだしも、非常に幅の広いトピックを1つ1つじっくり検討するとなれば、20日ではとても足りないわけで、まあ、またいくつかに絞らざるを得ないのでしょうね。

つまらん試験の話はここまでにして。

僕は性格的に結構熱くなりやすい(それは、熱中するということでもありますし、すぐかっとなってしまうということでもあります。)のですが、いわゆる五行説とやらに則したなんちゃら占いによれば、果たして僕は「火」の人間なのだそう。

この限りでは、僕もうん、なるほどなるほど、と思ってしまうわけです。

で、この「火」の人間の相性、についても説明してくれるのがこの種の占いの定番、というわけで、それによれば、「火」は「木」と相性がよく(ま、火は木を燃やすからなのでしょう)、逆に「水」とは相性最悪なのだそうです。なんでも、水は、火を消してしまうからなのだそうで。

でもね、僕は水のある風景、好きなんですよ。特に海。
水を見ていると心がとても落ち着いて、癒される気分になるんです。
ほら、このブログでも、背景は海にしているでしょ。これ、モルディブに新婚旅行に行ったときに取った写真なんです。僕にとって忘れられない海の風景の1つ。

…ま、こんなことは誰だって同じかもしれませんし、僕の海への思いは、子供の頃海のない群馬県で育ったことも影響しているのかもしれません。でも、まあ、それはひとまず措くとして、この事実を占いベースで説明しようとすれば、次のようになるのかなぁ。

・火であっても、燃え続けることは楽じゃない。
・なので、余りに火がかんかんに燃え盛らないように、火をコントロールする必要もたまにはある。
・それに最適なものは、水である。

僕は占い師じゃないけど、まあ、占いってなものは、何とでも説明できるもんだなあ、と思うわけです。
でも、面白いことに、僕自身が好きな水、ってのは、決して鏡のように静まり返ったものじゃなくて、例えば太陽の光が波頭に反射しているような海(ああ、昔見た伊予灘が懐かしい!)とか、どこか「火」の要素が感じられるもの。こういったことも、占い的にはそれなりの合理性があるのかもしれませんね。

いずれにせよ、自分のキャラクターを考えるに、自分の熱い要素そのままに突っ走っちゃったら確かに際限なくなりそうな怖さも感じるので、どこかそれを本能的に抑えようとしているのかもしれません。そして、その「仮説」は、僕が今までいかなる局面においても自分の(本当の)100%を出しきったということはないという感覚に符合するな、と感じた次第。

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そうそう、このなんちゃら占いによれば、小鴨は「水」の人間なのだそうです。ちなみに星座はみずがめ座なので、それはもう、コテコテの水人間(やっぱり小鴨だけに水鳥?)ということになりそうです。
とすれば、僕との相性は最悪なのだということになるのですが、上記のロジックを使うことによって、(自分自身をかんかんに燃え盛る火であるとした上で)まあ、「ちょうどいいんじゃない?」と善解することといたしましょう。当たるも八卦、当たらぬも八卦。

2012年4月28日土曜日

トイレのMimakiさん~クルマが欲しい!

最初の試験まであと1週間となりました。
でも、最初の試験のための「武器」作りが昨日ようやく終わったところ。昨日・今日と2番目の試験のための「武器」作り(間に合うか?)をしてから、残りの5日で最初の試験のための「演習」をするという綱渡りスケジュールです。

僕は昔から自分用のノートを作って知識を一元化しないと気がすまないたちで、今回もそれをやっているのですが、今回がいつもと違うのが、「英語の文献を理解し、英語でノートを作ること」。これがもう、日本語でやるのと比べて時間のかかることといったらありません。おかげでここ数日睡眠時間が4、5時間という、仕事がテンパって時と同じような状況が続き、夕べも寝たのは結局朝の6時…。大したことやっていないのにもかかわらず。

加えて最近トイレ(トイレといっても、いわゆるbathroomで、うちの場合は更に洗濯機や乾燥機も一緒にあり、日本で言えば六畳間くらいの広さがあります。)に机を持ち込んでそこに引きこもっているので(僕は何かに集中する場合には狭いところにいるのが好きなのです。)、睡眠と食事以外はそこから出て行く必要がなくなっているわけで、ほんと、体に悪いったらありゃしません。なので、昨日、事実上1週間ぶりに中華街に出て飲茶を食べたときの気分の晴れやかなことといったら!
トイレの住人、実際のところはそうは言っても天窓もあり、とても明るい環境で結構満足しているものの、さすがに勉強のハードさも相まって今日もまだ放心状態。でもやばさは刻一刻とつのり、ああ、今日も余り寝られないんだろうな、と開き直ってこのブログを書いています。

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帰国が次第に現実味を帯びてくるようになるにつれ(あと4か月を切った!)、今回の帰国が7年ぶりの日本居住を意味することになることもあり、あれがいるな、これがいるな、なんてことを現実逃避の友とすることが多くなってきました。で、そんな中で最近特に思うのが、「あー、クルマ欲しい」ってこと。

ええ、ワタクシ、いままでクルマなるものを買ったことがないのです。いとこにモータージャーナリストがいるにもかかわらず(って、それは関係ないか。)。大学生までは実家住まいだったし、就職してからは(特に都心は駐車場代etcが高いこともあり)必要性を感じなかったし、海外住まいもそれなりに長くやってきたしで、なかなか買うというモチベーションが生じなかったからです。

そんな僕がなぜ、急に、今なのか…。自分でもこの心境の変化がわかりません。
でも、1ついえることは、件のいとこが上海モーターショーの取材に来た時に、彼のライター仲間数人と一緒に火鍋を食べたことがあったのですが、その時に小鴨があるライターに「何でクルマが好きなんですか」と尋ねたら、その方が「どこか行きたい時にいつでも行けるからかなぁ」って答えていたのが今でも耳に残ってるってことかな。そういった感覚って、僕にはとても新鮮だったから。

考えてみれば、それまで僕にとっては、自動車は「もともとは親が運転するもの」であり、「(子供の頃は)乗れば確実に酔うもの」であり、「電車でいけないところに行くための交通手段」であり、「本体も、そして維持費も高くつくもの=都心で住む分には経済的合理性は全くない代物」でしかなったわけですが、このライター軍団は、そんな僕の既存の認識とは全く違う次元でクルマを見ていて、それは確かに自動車をカルチャーとして捉えている人たちでした。

なので、僕がクルマが欲しい、と思っているのは、自動車文化という、新たな次元を覗いてみたいという好奇心なのかもしれません。

で、そういうアプローチ(と留学で疲弊している僕の懐具合)から欲しいクルマを考えて行くと、動かして楽しいクルマかつどこかに強い個性を持っているクルマで、手の届きやすいものとなるのは半ば必然の流れ。でも、その一方で、親を乗せての長距離移動の可能性もあるわけで、例えばクーペのようなものは買うわけにはいかない(少なくとも大人4人の長距離移動に十分堪えうるスペースがあること)という制約もあり、ここは思案のしどころです。

僕自身には既にいくつかの候補があるのですが…どうなることか?!

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そのほか、日本に帰ったらやりたいこと、っていうのはたくさんあるのですが(まあ、仕事のためにそのほとんどが実現できないおそれもあるのですが)、今日ふと思ったのは、「船舶免許取りたい」ということでした。
…これこそ、無駄の最たるものなのかもしれませんけど。

2012年4月12日木曜日

情報の対価

イギリスの新聞というのは、ご存知の方も多いと思いますし、ずっと昔にブログでも触れたことがあるように思いますが、高級紙(broadsheet)と大衆紙(tabloid)に分かれていて、特に高級紙の場合だと思うのですが、何を読んでいるかでその人の政治志向まで分かってしまいかねない代物です。一方、大衆紙は、使っている言葉もかなり砕けていて外国人にはすぐには分かりにくいし、ナイスバディなおねえちゃんのヌード写真があったりするので(まあ、おはようサンスポなどは、ここらあたりにヒントを得ているんでしょうね。)、それはそれで「愛読紙」というのにはやや気が引けてしまいます。

で、ロンドンの一般市民は普段何を読んでいるのか、と言えば、僕が認識する限りでは、おそらく駅で手に入るフリーペーパー。普通の生活をするのに十分な情報が一通りそろっているので、敢えてお金を出して新聞を買う必要もない、ということなのかな。まあ、職場とかでは高級紙を読んでいるのかもしれませんけどね。

ただ、フリペは所詮フリペ。あまり仕事に関係するような内容はありませんし、何よりもタダな分、みんなの取扱いも非常に雑です。というわけで、ラッシュアワーが終わった後の地下鉄がフリペの山ということもよく見られる光景で、地下鉄側も「アナタが読んでいるその新聞はゴミです」なんていう啓発広告を出さねばならなくなるわけです。

かく言う僕は、ロンドンに来てからの愛読紙をフィナンシャル・タイムズ(FT)にしています。ボーンマス時代は比較的中立に近いインディペンダントを読んでいたのですが、僕が欲しい経済情報となると、やっぱりFTにかなりのアドバンテージがあることが分かり、乗り換えました。
でも、FTはとにかく高い!普通の高級紙が1ポンドであるのに対して、2.5ポンド!ちょっと前までは2.3ポンドだったのがしれっと値上がりしてこの値段です。

そうなると、(本当は毎日読みたいし、そうあるべきなのでしょうが、)学生身分ではやっぱり買うのに二の足を踏んでしまいがちになって、週1ペースとかになってしまっていましたが、最近、僕の仕事のフィールドにかかわるいろいろな動きが激しいことから、ほぼ毎日買うようになっています。

結局、自分の欲しい情報は、カネを出して買いなさい、ってことなんでしょうね。

それにしても、大分英語を読むのに慣れてきたからなのでしょうか、FTの記事は本当に興味深く読まされるものが少なくありません。日本の新聞が(いろんな事情からか?)載せないような記事まで深い分析がなされていたりすることもあり、情報の対価としての2.5ポンドは、それはそれで概ね妥当なんじゃないかな、と思うわけです。

さあ、そうなると湧き出てくるのが「日本に帰っても読みたいなぁ」という願望。僕のオフィスでも取っているのですが、個人でも取ろうかと検討中です。で、調べたところ、年間購読料約10万円!!

情報の対価は、決して安くないことは分かるものの…、ねぇ。